【映画】スペル(2020)(ネタバレ感想・心理学的考察)

映画『スペル』のポスター
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作品の概要と感想(ネタバレあり)

弁護士として成功し、裕福な家庭を築いた黒人男性マーキス。
ある日、父親の訃報を聞いた彼は、家族とともに自家用セスナで遠い山奥にある故郷へ飛び立った。
だが、途中落雷で飛行機が墜落、マーキスは故郷に近い山中の小村で、親切な夫婦に助けられる。
家族の無事が心配なマーキスだが、けがで体が動かず、この家には電話すらない。
やがて彼は、ここが不気味な呪術が支配する村で、自分が監禁されている事実に気付くのだが──。

2020年製作、アメリカの作品。
原題も『Spell』。
『スペル』というと2009年のサム・ライミ監督のホラーが有名な気がしますが、あちらの原題は『Drag Me to Hell』のようです。

本作はいわゆる「田舎に行ったら襲われた系」ならぬ「田舎に向かう途中でやばい村に辿り着いた系」、いや、「田舎に帰る途中でやべぇ家に監禁されちゃった系」の作品でした。
カルトな村に迷い込んでしまったという状況は、もうそれだけで不穏すぎる恐ろしさが漂います。

雰囲気的には、ゲーム『バイオハザード4』と『バイオハザード7 レジデント イービル』を足したようなイメージでした。
特に『バイオハザード7 レジデント イービル』のDLCでは、狂った一家の家のベッドに寝かされた主人公を操作して、怖い怖いおばさんから逃げる「ベッドルーム」というミニゲーム的なコンテンツがあるのですが、まさに似たような感じでした。

ホラーではお馴染みのブードゥー教ですが、ブードゥー人形は本来、ブードゥー教とは関係がないようです。
中世イギリスに存在した「ポペット」と呼ばれる魔女に対抗する人形が、のちにブードゥー教と結びついたという説がありました。
ゾンビでお馴染みのブードゥー教ですが、人形に釘を刺して呪うなどは、本来のブードゥー教に含まれるものではないようでした。

いずれにせよ、カルト的に盲信しているコミュニティというのは恐ろしいですね
ベッドで目覚めた直後から、絶妙に噛み合わない会話が絶望感を抱かせます。
『ファニーゲーム』ほどではないにせよ、言葉が通じて会話になっているのにまったく噛み合わないというのは、価値観がずれていることを痛感させられ、何をされるのかまったくわからない不安を喚起させてきます。
特にエロイーズおばさんが絶妙な薄気味悪さ。

シンプルにカルトコミュニティに囚われたホラーサスペンスとして、個人的にはけっこう好きで楽しめた作品でした。
しかしまぁ、怖いというより、痛い
一人芝居が多かったですが、マーキスを演じたオマリ・ハードウィックの演技が素晴らしかったです。
本当に足の裏に釘を刺したんじゃないかと思うほど、観ているこちらも痛くなる熱演でした。
しかしあの釘は長すぎる。
刺し直した根性は尊敬しかありません。



表面的にも楽しいですが、背景には、白人や黒人といった人種の問題も絡んでいそうですね。
そもそもブードゥー教というのが、ハイチで奴隷として強制連行された者たちから生まれたもので、主な担い手は農民や都市の下層民とのこと。
キリスト教の要素も取り入れられていますが、それはあくまでも「白人による弾圧を逃れるため」のようです。

マーキスの父親もブードゥー教信者っぽかったですし、その反動でマーキスは努力を重ね、白人と対等に渡り合う弁護士に。
序盤のガソリンスタンドで保安官が近づいてきたときにはマーキス一家はかなり緊迫した空気感になっており、保安官が黒人だとわかるとホッとしたような空気感が流れていました。
おそらく、白人の保安官だと黒人への対応が違ったりするのでしょう。
また、黒人同士でも色々と対立があるようで、エロイーズとマーキスの間でも「見下している」「見下していない」「都会の坊や」といった会話が何回も交わされていました。

それらを抜きにしても、かなり緊迫感があって良かったです
BGMと効果音の中間のような不穏な音楽も、主張が激しく強引に不安感を煽ってきました。
マーキスはあまり愚かな行動は取らないので、それほどもどかしさを感じることがないのも良いポイントでした。
エロイーズの持ってきた料理はヤバそうだなとは思っていましたが、骨を並べたら突き指をした手の形になったときはかなりゾッとしました。

ちょくちょくベッドに戻って誤魔化すのは面白かったですが、窓の外から戻ってきたのはあまりにもびしょびしょでさすがに笑ってしまいました
誤魔化されるエロイーズもエロイーズでしたが、赤い月の夜まで監禁しておくことが目的なので、あえて見逃したのかもしれません。

しかし、呪術が本当に存在するというのが本作の面白さでもありました
ここでちょっと好き嫌いも分かれそう。
マーキスが電話をして保安官を呼んだ際、エロイーズがマーキスのブギティを使って押さえつけたシーンでは「最強じゃん!!」と大声で叫んでしまいました(誇張)。

弁護士らしく用意周到に準備をして挑んだラストバトルは、もはや呪術バトルアクション
豪快にフルスイングしてエロイーズを吹き飛ばしたのは、何であんなやっつけ方を選んだのかは謎でしたが、爽快感がありました。

呪術で寿命を延ばしていたらしいエロイーズはもはや悪魔的な存在と化していたのか、塩のラインから出られず。
やや滑稽な姿でしたが、オリジナリティ高い感じの演出で好きでした。
でもマーキスの部屋の窓に塩を撒いていたので、自分で塩を撒くのはできるんですね。

終わり方は家族もみんな助かりけっこうハッピーエンドで、若干拍子抜けしてしまいました
特に、絶対殺されたと思っていたタイ(息子)が生きていたところが。
やや都合が良いようにも感じてしまいましたが、手の肉を食べさせたのは呪術に必要で、タイを生かしておいたのは儀式で使いたかったからだとすれば、必然性はあったと言えます。

保安官が来たとき、押さえつけたマーキスのブギティを部屋に置きっぱなしにしたのがエロイーズの敗因だったでしょうか。
ただ、ブギティはきょろきょろ視線を動かしていたので、近くにいないと効果が発動しないのかもしれません。
しかし、そうだとするとルイスを溺れさせたシーンと矛盾してしまうので、単純に動けないから大丈夫だと思ったのかな。

黒魔術なり超常的な力に溺れる者の行き着く先は、やはり永遠の命なのでしょうか。
そのあたりは、そこまでしたいかなぁと思ってしまいますが、カルト的な黒魔術集団の不気味さは好きなので楽しめました。
ブードゥー教というよりは黒魔術カルトという方が適切な印象。
絶妙に気持ち悪いブギティや、猫や山羊の目を使ったおぞましい儀式は最高でした

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考察:マーキスの父親殺し(ネタバレあり)

シンプルに表面的にでも楽しめる作品ですが、少し心理学的に見てみると、マーキスの父親殺し、あるいはトラウマ克服の物語でもありました

「父親殺し」というのは、数々の作品で見られるテーマです。
特に男の子にとって、父親を超えることが自立や成長の象徴となります。
物理的に実の父親を殺すわけではないことがほとんどで、父性的な存在を乗り越えたり倒すことで象徴的に描かれます。
『スター・ウォーズ』や『ハリー・ポッター』なども、根底には父親殺しのテーマが流れています。

マーキスは、父親に囚われ続けている様子が窺えました
おそらくブードゥー教信者だったのでしょうが、偏った価値観によってマーキスに体罰を加えていた父親。
田舎の貧しい地域で父親に虐げられていたマーキスは、おそらくものすごい努力をして都会の一流弁護士になりました。
「父親のようになりたくない」「父親から離れたい」という気持ちが原動力でしたが、それは逆に父親に囚われ続けていることを意味します
その父親が亡くなるところから、『スペル』の物語は始まります。

子どもの頃から一度も会っておらず、忌み嫌っていたはずの父親ですが、マーキスは父親を弔いに家族を連れて帰ることを決意しました。
絶縁したのであれば、死に際しても放置する選択肢もあったでしょうが、わざわざしっかりと葬儀をしに戻るところが、囚われ度合いや未解決の課題を抱えていることを窺わせます。

聡明なマーカスですが、ガソリンスタンドでのサインや忠告をことごとく無視してしまいます。
これはもちろん、ガソリンスタンドの店員一家も、ブードゥー教を信仰していたからでしょう。
お守りの袋を一笑に付し、明らかに不穏な空気感を感じ取ることなく飛び立ち、墜落しました。

マーキスにとって、ブードゥー教は父親の象徴です
ブードゥー教の呪術師であるエロイーズの家に囚われたのは、父親に囚われているマーキスの心理状況と一致します。
その状況を乗り越えることが、マーキスが父親の呪縛から解き放たれて生きていくために必要なことでした。
しかも、自分の家族も助けながら。

マーキスは何度か脱出を試みますが、ことごとく失敗し、連れ戻されます。
それは、逃げるという選択肢ではこの状況が解決しないことを意味します
マーキスにとっては、都会で弁護士になり裕福な生活を送ることが過去を乗り越える試みだったのでしょうが、上述した通り、それはそれで父親に囚われ続けていることと同義であり、逃げることはできません。
妻のヴィオラの言った通り、マーキスが頑張れば頑張るほど、影のように「その過去が、あなたを追いかけてくる」のです。

ブードゥー教の魔術は、誰しもが使えるわけではないのでしょう。
マーキスが使えたのは、おそらく父親の血を引いていたからです。
ブードゥー教が父親の象徴であるという上述した点を考えると、呪術を使うというのは、父親を受け入れることを意味します

ずっと反発し、否定し、逃げようとしていたマーキスが、呪術を使ってエロイーズたちを倒す。
父親の血が自分にも流れていることを受け入れて、その力によってこの状況を打破する。
それこそが、マーキスにとっての父親殺しだったのでした。

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