
作品の概要と感想(ネタバレあり)

5歳の娘・芽衣を亡くした鈴木佳恵と夫の忠彦。
哀しみに暮れる佳恵は、骨董市で見つけた、芽衣によく似た愛らしい人形を可愛がり、元気を取り戻してゆく。
佳恵と忠彦の間に新たな娘・真衣が生まれると、2人は人形に心を向けなくなる。
やがて、5歳に成長した真衣が人形と遊ぶようになると、一家に変な出来事が次々と起きはじめる。
佳恵たちは人形を手放そうとするが、捨てても捨てても、なぜかその人形は戻ってくる──。
2025年製作、日本の作品。
『ウォーターボーイズ』などを手掛ける矢口史靖監督による、まさかのホラー!
という印象もありますが、矢口監督は2000年のテレビドラマ『学校の怪談 春の呪いスペシャル』で「恐怖心理学入門」という作品なども手掛けており、『ドールハウス』が初めてのホラー作品というわけでもありません。
「恐怖心理学入門」はこのブログを作ってから知り、タイトルの類似性から「危なかった」と思ってしまった作品ですが、矢口監督お得意のコメディ要素が散りばめられている点や、演出面なども『ドールハウス』に通ずる点が多く感じられます。
作家の筒井康隆が俳優として出演しているところもポイント。
『ドールハウス』は試写会のあたりからすでに非常に好評でしたが、期待に違わぬ完成度でした。
まさにエンタメ度の高いホラーといった印象で、『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』に続いて1990〜2000年代頃のJホラーの雰囲気も感じられ、かなり好きな1作に。
印象としては「とにかく王道、真っ向勝負」でした。
初めて見るような斬新な演出や設定があるわけでもないのに、ずっと面白い。
見せ方がとても上手いんだろうなと感じました。
間口の広さも素晴らしく、エンタメ度が高いので『M3GAN/ミーガン』のように幅広い層が楽しめる印象です。
それでいて浅いわけでもなく、ホラーとしてもしっかりしているところが素晴らしい。
「観ている間は楽しいけれど、終わったら忘れる系」でもなく、印象にも残りました。
近年流行りの考察系ではないところも好印象。
考察系は考察系で好きでもありますが、雑にぼやかしただけで考察系の雰囲気を出している作品もありますし、あまりに考察前提だと少し萎えてしまう部分も。
その点『ドールハウス』は、ラストはやや飛躍し、細かい部分は考察の余地もありますが、大筋として綺麗にまとまっていました。
ブームなどにとらわれず、監督のやりたいことをやり通している感が伝わってきました。
考えてみると、日本人形といえば日本の怖い話の定番ですが、日本人形モノの定番ホラー映画というのはこれまでなかった気がするので、本作がそのポジションを手に入れ、かつしばらくは不動と言って良いのではないでしょうか。
『恐怖人形』がありますが、あれはあれでなかなかトリッキーなので……(好きですが)。
『ドールハウス』が飽きなかったのは、テンポの良さもあるかと思います。
通常、ホラーは緩急をつけながら進んでいくことが多いですが、本作はそれほど緩む時間がなく、代わりにどんどんパターンを変えながら進んでいったため、恐怖がずっと持続されていました。
大まかには、
Jホラーらしい不穏な空気感
↓
人形の怖さがじわじわ明らかになり、被害が生じ始める
↓
人の骨が埋め込まれているという人形の秘密(それ自体が怖い)
↓
旅館の部屋における悪魔系ホラー並みの動きとバトル
↓
最終決戦
↓
ハッピーエンドと見せかけての不穏エンド
と、ホラーの中でもサブジャンルや舞台を次々と変えながら進んでいった印象があります。
欲張りセットなのにしっかりとまとめ上げている技術がすごい。
個人的には前半の方がホラーっぽくて好きでしたが、最後まで飽きることはありませんでした。
後半は礼人形がかなり動き回っていたので、一歩間違えたらかなり醒める感じになっていた可能性も感じます。
おそらく、あと少しでもはっきりと映してしたらそうなってしまっていたのではないかと。
そのあたりも、ホラーの良い塩梅が計算され尽くしている、と思わされました。
背景でピントが合っていない人形の映り込み方なども、とても好き。
ほぼ誰も死ななかったのも、ホラー(あくまで公式は“ドールミステリー”推しですが)としてはなかなか異例です。
個人的には犠牲者が出た方が好みではありますが、誰も死んでいないのにあれだけ恐怖感を持続させたのもまた非常に巧みなポイントでした。
長澤まさみを筆頭に、子役を含めたキャスト陣が良かったのも言わずもがなです。
『水曜どうでしょう』が大好きなので、安田顕(刑事)の絶妙な配役は、やっぱりちょっと笑ってしまいました。
品川徹(転売坊主)もあまりにも怪しすぎてぴったり。
個人的には、忠彦役の瀬戸康史の記憶が『事故物件 恐い間取り』でお線香をふーふーする「何これ……」な記憶で止まっていたので、上書きできて良かったです。
ノベライズを読むと、礼以外にも安本浩吉が同じ製法で作った人形はいくつかあるようですし、そもそも礼の人形もまだ生きて(?)いるので、続編やスピンオフもいくらでもできそう。
その際には、またぜひ矢口史靖監督でお願いします。
考察:ノベライズを踏まえて(ネタバレあり)
タイトル:映画ノベライズ ドールハウス
原案:矢口史靖
著者:夜馬裕
出版社:双葉社
発売日:2025年04月09日
映画に先行して発売されたノベライズ版は、しっかりと映画に忠実なノベライズで、かつ映画ではわかりにくかった背景や心情が描かれています。
さらにはノベライズ限定のアナザーストーリーやオリジナル動画のQRコードなども収録されているので、映画がお好きな方はぜひ読まれてみてください。
安本浩吉の他の娘人形にまつわる神田のエピソードや、オカルトレンジャーのその後などが描かれており、どれも世界観を深めてくれます。
以下の考察では、ノベライズオリジナル要素のネタバレや楽しみを奪うのは避けつつも、ノベライズで描かれていた内容も踏まえて検討していきます。
礼の目的
まず大きなところでは、礼の目的は何だったのか。
これは映画だけでもわかるかと思いますが、礼が宿ったあの人形は、幸せな家族を求めていたのでしょう。
安本浩吉の娘であった礼は、母親の妙子から虐待を受けていた上、妙子による心中未遂で礼だけが死んでしまいました。
そして、浩吉がその死んだ礼の骨を埋め込んで作ったのが、娘人形・礼でした。
ちなみに、映画だとちょっと駆け足でしたが、釜茹でっぽいシーンは、礼の遺体の肉を溶かし(!)、骨だけにするための過程です。
生きたまま茹でられたわけではありません。
そんな不遇な死を遂げた礼が、母親のもとから逃げ出したのも、優しく幸せな家庭を求めるのも当然でしょう。
鈴木家があれだけ執拗に狙われた理由ははっきりしませんが、おそらくこれまでにも、子どもを失って悲しむ家族につけ込み、その家の子どもとして入り込もうとしていたのだと考えられます。
そう考えると、礼も礼で被害者ですし、ただ幸せな家族を求めていただけなので、かわいそうな存在でもありました。
せっかく幸せ家族になれそうだったのに、真衣が生まれたことで佳恵にもすっかり雑な扱いをされるようになってしまったわけですし、そりゃあ真衣を恨んじゃうよね、とも思ってしまいます。
ラストの解釈と「ドールハウス」の意味
終盤、島に行ってから急にちょっとわかりづらくなりましたが、ノベライズで描かれていた大事な前提として「浩吉の娘人形は人の心を操る」という特性があるようです。
見たいものを見せ、操ろうとする。
そんなチートスキルがある上に、まさかの物理攻撃(噛みつき)まで持っているんだからずるい(もしかすると、噛んでいたのは礼に操られた真衣だったかもしれませんが)。
そういえば、相手の口から髪を溢れさせる(転売坊主の寺嶋)なんて技も持ってましたよね。強い。
話を戻し、「人の心を操る」という前提を踏まえて考えると、鈴木佳恵と忠彦の夫婦は、礼に取り込まれたと考えるのが自然です。
それは鈴木夫婦は死んだという解釈でも、幻想世界で3人家族だけで生きるようになったという解釈でも構いません。
芽衣が助けてくれたように見えたのも、おそらく礼の策略かな、と思いました。
あれによって、鈴木夫婦は芽衣の死も乗り越え、救済されたように感じていたはずです。
しかし、「芽衣が助けてくれた」という解釈を受け入れたということは、礼の空想に取り込まれたということと同義です。
死んだにせよ空想世界に取り込まれたにせよ、おそらく実際は島に行ってから戻っていないのでしょう。
家に食べ物などが残されていたのは、パラレルワールド的な示唆(すでに住む世界が違う)かと思います。
自分は見落としてしまったのですが、最後にテーブルに置かれていた牛乳が腐っていた?蜘蛛が浮かんでいた?り、仏壇の花が枯れていたというコメントも見かけました。
ただ、それもそれほど深くは考えず、同じような解釈で良いでしょう。
中盤、ママ友に出そうとした牛乳が腐っていました。
おそらく、すでに悪霊と化している礼の人形の影響を受けると、あのような現象が起こるのかと思います。
礼の祖母(忠彦の母)である敏子が飲んだ水もおかしくなっていましたからね。
なので最後のシーンも、すでに死あるいは空想の世界側に鈴木夫婦が行ってしまったことの示唆なのでしょう。
個人的な解釈は、生も死も超えて「3人(礼、佳恵、忠彦)だけの世界」に行ってしまった、というものです。
3人だけで、パラレルワールドのあの家に住んでいる。
その空間こそが「ドールハウス」ということです。
佳恵と忠彦は、礼に人形のように操られているのです。
上述した通り、ラストシーンで牛乳や花がおかしくなっていたのも、そのせいです。
3人だけの世界だったところに現実の人間(敏子や神田)が入り込んできたので、空想世界が崩れ、現実世界に即した形に変形したのだと考えられます。
そうだとすると、真衣に3人が見えた点はやや不思議ですが、そこはやはり血の繋がった親子だからでしょうか。
車に一人残していくのは危険なので、実は真衣もあの車には乗っておらず死んでしまったのでは?とも深読みしたのですが、そうだとすると真衣も「こちら側」に来てしまう可能性がありますし、上述した解釈が一番妥当でしょうか。
あるいは、単に人形を通して礼と接点を持っていたからかもしれません。
その他細かい点
①真衣の背中についていた引っかき傷は誰がつけたのか?
順当に考えれば礼人形です。
爪も伸びていましたし、引っかくことは可能だったでしょう。
一応、可能性としては以下があります。
- 佳恵が日常的に虐待していた
- 佳恵がストレスから無意識に行っていた
- 礼に操られた佳恵が行った
- 礼人形が行った
1の可能性は低そうです。
現実的な視点になりますが、真衣の佳恵に対する態度からは、日常的に虐待を受けていたとは思えません。
2も現実的な視点ですが、自傷はともかく、無意識に他者を傷つけるというのはまずありません。
となると3か4ですが、個人的には4を支持します。
その目的は何か。
言うことをきかない真衣に罰を与えた可能性もありますが、おそらくは佳恵のせいにするためだったのではないかと考えます。
実際、あの傷のせいで佳恵は入院することになりました。
忠彦も佳恵自身も、絶対ないとは断言できない状況に追い詰められ、家族の絆が乱れました。
そのように撹乱し、その隙に入り込むことこそ、礼の目的だったのではないかと思います。
②オカルトレンジャーの6人目
最後に細かいポイント。
映画でも軽く触れられていたかもしれませんが、ノベライズでは神無島の背景が深掘りされています。
神無島はかつて罪人を埋葬する場所だったようで、大半は身内にお金がなく土葬されていたとのこと。
そういった背景もあって、多くの霊が徘徊する心霊スポットと化していたようです。
海で隔たれ、数時間だけ陸と繋がる島。
まさに死者が棲む世界、といった趣です。
オカルトレンジャーの6人目として映っていたのは、もちろん礼ではなく、おそらくは母親の妙子でもなく、ただの彷徨う幽霊の1人です。
なので、『ドールハウス』の本筋とはほぼ関係がありません。
ノベライズでは、
女が本当に霊だとするならば、軽いノリで訪れた若者たちですら、とり憑かれたということだ。この島には、想像以上に多くの魂がさまよっているのかもしれない
と書かれていました。
「本当に霊だとするならば」というのは、オカルトレンジャー側のヤラセの可能性もあるからでしょう。
そんなオカルトレンジャーがどうなったのかは、ノベライズでご確認ください。
おまけの野暮なツッコミ
①ゴミ収集車に巻き込まれた作業員が「おい、呼吸あるぞ!」
あの状態で!?
②山本刑事
あのままトンネルに置き去りにしたの!?
嫌味なキャラだったし急いでいたのもわかりますが、あのままだと轢かれかねないような。
ただそもそも、刑事は二人一組が基本。
一人で行動していた上に、「やめてくださいよ奥さんはっはっは」とこれ以上ないほどにフラグを立てた山本にも落ち度はありました。
③腕時計の歯形を確認しようとしたところ
そらあんな懐中電灯を顔に当てたら起きるやろ!!
④「このスキャナーで拡大コピーしてください。そうですね、3倍でお願いします」
スマホも使えないアナログ人間なのに、スキャナーだけすごい使い慣れてる!?
その他、もし気になる点(ツッコミではなく考察ポイントで)があればお教えください。
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