【映画】サクラメント 死の楽園(ネタバレ感想・心理学的考察)

映画「サクラメント 死の楽園」のポスター
(C)2013 SLOW BURN PRODUCTIONS LLC
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作品の概要と感想(ネタバレあり)

映画「サクラメント 死の楽園」のシーン
(C)2013 SLOW BURN PRODUCTIONS LLC

ある日、連絡が途絶えていた妹から奇妙な手紙を受け取ったパトリックは、過激な突撃潜入取材で知られるVICE社のサムとともに、妹が暮らす共同体に潜入取材を敢行する。
「エデン教区」と名付けられたその場所では「ここで豊かな生活ができるのは『ファーザー』のおかげだ」と、パトリックの妹をはじめ、誰もが幸せそうに生活を送っていた。
しかし、平和に思われた「地上の楽園」に、不可解な空気が見え隠れし始める──。

2013年製作、アメリカの作品。
原題は『The Sacrament』。

製作・脚本には、『キャビン・フィーバー』『ホステル』などのイーライ・ロス
『サクラメント 死の楽園』冒頭、飛行機でジャングル(?)の奥地を目指していくところなんかは、『グリーン・インフェルノ』を彷彿とさせます。
そして監督には、『X エックス』タイ・ウェスト
豪華なコンビです。

本作は、「人民寺院」という実在したカルト教団をモチーフとした、POV形式のモキュメンタリー。
潜入取材という位置付けは、『REC/レック』などに似ています。
ちなみに、主人公のサムとジェイクが所属していたVICE社というのも、実在するデジタルメディアのようです。

POV形式にしては珍しく、BGMや字幕が目立ちました
取材後に編集した放送用の映像、ということですかね。
ただ、それがPOV特有のリアルタイムな緊迫感を薄れさせてしまってもいたので、もう少しBGMは少なくても良いように感じました。
放送用にしてはちょっと冗長な感じでもあるので、どっちつかずになってしまっていたような印象も。

さて、人民寺院をモチーフに描かれた作品ですが、いわゆるカルトっぽさはそこまで強く感じられませんでした
人民寺院については後述しますが、『サクラメント 死の楽園』と同じように(というより本作が人民寺院と同じように)、教祖の主導のもと、信者たちが集団自殺して壊滅するという事件を起こしました。
その数、実に914人。

個人的に、カルトに興味を抱くようになったのがこの人民寺院の事件なので、それをモチーフとした本作は感慨深いものがあります。
ただ一方、人民寺院を描いたというより、あくまでも集団自殺のインパクトに焦点の当てられたコンパクト版な作品であり、カルトとしての描写は表面的なものに終始し、「なぜ人々はここまでマインド・コントロールされて集団自殺にまで至ったのか?」「ファーザー(教祖)はどのような人物だったのか?」などはほとんど深掘りされていません。
その点は少し残念でした。

それでも、ファーザーが初めて登場したシーンの異様な空気感は抜群であり、必見です。
ちなみに、人民寺院の教祖はジム・ジョーンズなる人物。
『サクラメント 死の楽園』でファーザーを演じたのは、ジーン・ジョーンズという俳優でした(役名ではなく俳優名)。
何かちょっと意識された配役だったんですかね。
本物よりはだいぶ歳上な印象でしたが、サングラスなどの雰囲気が似せられていました。


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考察:人民寺院との比較と気になってしまった点(ネタバレあり)

映画『サクラメント 死の楽園』のシーン
(C)2013 SLOW BURN PRODUCTIONS LLC

ジム・ジョーンズと人民寺院について

人民寺院については、書籍やネット上にも多く出回っているため、ここではその歴史について細かくは言及しません。
『サクラメント 死の楽園』に関連する範囲で少し取り上げておきます。

上述した通り、人民寺院の教祖はジム・ジョーンズという人物です。
彼はもともと悪だったわけではありません。
いや、その内面の真実はわかりませんが、少なくとも、悪意ある目的で布教活動を始めたわけではなかったはずです。
初期の頃は人種共存などを軸に布教を広げ、社会奉仕活動を展開していました。

人民寺院を設立したのは、1965年のこと。
1975年には「米国を代表する100人の聖職者」に、1976年には「その年を代表する人道主義者」に選ばれたりと、社会的に高い評価も受けていました。

しかしこの頃から、統合失調症圏と考えられる、被害妄想的な症状が現れていたと考えられています。
それと並行して、組織が大きくなるにつれて批判も増えていき、独裁的なグルに多く見られる通り、ジム・ジョーンズも、信者には自分に対する完璧な信仰を求めていました。
支持者も多い一方、独善的なやり方にマスコミなどからの批判も多くなり、それは徐々に、ジム・ジョーンズの中の疑心暗鬼を強めていきました。

1976年頃には中心メンバーの脱会などが相次ぎ、スキャンダルを恐れたジム・ジョーンズは、人民寺院のメンバーを連れてガイアナに移住し、そのコミュニティを「ジョーンズタウン」と名づけました。
これが、『サクラメント 死の楽園』の「エデン教区」のモデルになっていると考えられます。

末期のグルに見られるように、ジム・ジョーンズは疑心暗鬼を強め、暴走していきます
鶏の内臓を隠し持ち、がん患者の身体から「がんを取り出した」ように見えるパフォーマンスを行ったり。
信者たちには、お互いを孤立させるために、相互監視や、裏切り行為の報告を求めました。
何かと理由をつけて暴行なども行い、信者たちを支配していきます。

このような、すべてを取り上げられた閉鎖環境においては、信者にとっては「教祖との関係こそがすべて」になっていきます。
誰が裏切るかもわからず、周囲の他の信者も信じられません。
本来、これらがマインド・コントロールの基盤を成すものであり、『サクラメント 死の楽園』では「ファーザーに逆らったら罰を受ける」という点だけが言及されていましたが、それだけではここまでのマインド・コントロールは成立しません。

1978年には、脱会者による反対運動やマスコミの報道が激しくなり、ジム・ジョーンズの被害妄想も悪化。
視察に訪れた下院議員が脱会者を連れて帰ろうとした際、そのセスナ機を信者に銃撃させました。

同じ頃、ジョーンズタウンでは、ジム・ジョーンズ主導のもと、薬物を用いての集団自殺が行われました。
子ども276人を含む、914人が死亡。
この時の音声を録音したテープが残されており、歌声が徐々に少なくなっていく過程は、何とも言えない恐怖そのもの。
ジム・ジョーンズ本人は、銃で頭を打って自殺しました。

ちなみにこの、独裁的なグルが被害妄想的になり、徐々に孤立・暴走して自滅するという過程は、日本のオウム真理教とも非常によく似たものです。
麻原彰晃こと松本智津夫も、事件前はマスコミに多く登場して、社会的にも一部から一定度の評価を得ていた点も類似しています。

『サクラメント 死の楽園』において気になってしまった点

『サクラメント 死の楽園』は人民寺院そのものを描いたわけではないので、相違点があるのは当然です。
あくまでも集団自殺だけに焦点を当てたエンタテインメントであり、「カルトの集団自殺を描いた作品」としてはインパクトを持って完成しており、それ以上言及すべきことはありません。

ただ、その周辺要因に目を向けるといくつか気になってしまった点があったので、それらの点について少し触れておきたいと思います。

①ファーザーのパーソナリティ

本作で鍵を握る教祖・ファーザー。
彼は不気味なまでのカリスマ性を放っており、インタビューにおけるのらりくらりとした回答は、絶妙なものでした。

ただ一方、その人物像が作中ではいまいち見えてきません。
ジム・ジョーンズには統合失調症的な精神疾患の影響もあったと思いますが、基本的に暴走するグルは、その基盤に強く誇大な自己愛を抱いています
それは、自分こそがすべてであり、自分が死んだあとに世界が続くことが許せないほどの自己愛です。

それが、ジム・ジョーンズが単なる自殺ではなく、集団自殺に導いた大きな要因となっていました。
しかし、ファーザーに関しては、あまりそのような傾向が見受けられませんでした。
もちろん、脱出したがっていた信者が話していたように、逆らった者に対しては懲罰的な暴行などを加えていたらしいことはほのめかされつつも、その様子は直接的には描かれていません。
作中のファーザーは、あくまでも「信者やカメラの前でのファーザー」の姿のみなので、表面的な部分しか映し出されていなかったと考えれば納得は可能です。

ただそれでも、不気味さは漂わせながらも、根底にあったであろう病理までは、いまいち読み取ることができませんでした。
全体的に説得力を持たせるには、この点がもう少し欲しかったところ。
初登場シーンこそインパクトがありましたが、登場シーンが増えるにつれて、どうも普通のおじいちゃんっぽく見えてきてしまいました。

それを感じさせる際たる行動は、最後の自殺のシーンです。
彼にとって、サムやジェイクといった外部からの取材陣は、コミュニティを破滅に導いた要因そのもの。
そんな彼らを生かしたまま、しかもその目の前で自分が自決するというのは、絶対に彼のような人物のプライドは許さないはずです。
集団自殺前に、見せしめのように彼らを処刑するぐらいの方が、リアリティがあったように感じられました。

②取材の受け入れ

その点を考えると、そもそもファーザーが取材を受け入れたことが少々謎です。

さらにそもそもになりますが、なぜ外部の取材を受け入れただけであそこまで一気に破滅に向かってしまったのか、その要因もいまいちわかりませんでした。
「帰らせたらデマを書かれる、帰らなかったら捜索者が来る、どっちにしろおしまいだ」的なことを言っていましたが、そこまで追い詰められていた雰囲気は、コミュニティからはまったく感じられません。

そこは「そういう状態だったのだ」と考えるにしても、取材を受け入れたことにはやはり謎が残ります。
そこまで追い詰められていたのであれば、それはつまりメディアを賑わせている側面があるということであり、サムやジェイクがエデン教区の存在を知らなかったことも不可解です。

人民寺院の場合、色々と話題になっている中、人民寺院調査委員による視察がやって来たので、来訪者を拒むことができなかったのは理解できます。
ただ、『サクラメント 死の楽園』においては、単に不意打ちでやってきた取材陣2人については、追い返せば良かっただけのはず
そこまで深刻には考えていなかったとしても、別に取材の中でそれほど破滅的な内容が明らかになったわけでもなく、肝心な「なぜ集団自殺に至ったのか?」の理由がほとんどわからなかった点が少々残念でした。

それで言えば、そもそもキャロラインが兄のパトリックを呼んだことも、それをファーザーが許可していたことも、謎と言えば謎です。
まさか取材陣までくっついてくるとは思っていなかったので、パトリックだけであれば、帰さずに無理矢理コミュニティに住まわせたり、信者として取り込める自信があったのでしょうか。

③ヘリのパイロットさーん!

最後に、完全に蛇足になりますが、熱い魂を持ったヘリコプターのパイロットに触れないわけにはいきません。

約束通り迎えに来たパイロットの彼は、巻き込まれる形でエデン教区の信者による銃撃を受けました。
死んじゃった……と思っていたら、まさかの生存!
しかも、がっつり肩を撃たれてめちゃくちゃ血だらけになっていたのに、「操縦はできそうだ」という頼もしすぎる発言!
あんなヘリコプター、がったんがったん揺れてめっちゃ肩に負担かかりそうなのに。

それから、サムを迎えに行ったジェイクを、かなりの長時間待ち続けてくれます。
あれ、かなり時間経ってましたよね。

「契約にないから他の人は乗せない」とめっちゃドライなことを言っていたのに、契約していた彼らのことは命懸けで待ち続け、送り届ける。
一旦帰って救援呼んだ方が良かったんじゃないないかと思ってしまいますが、再度銃撃を受ける危険性を顧みず、ジェイクを信じて待ち続けていた彼の魂は、とても熱いものでした。
本作のMVP間違いなしです。

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