作品の概要と感想(ネタバレあり)
子どもを死産で失い、悲しみに暮れていた夫婦ケイトとジョンは、養子を迎えようとある孤児院を訪れる。
そこで出会った少女エスターに強く惹きつけられた2人は、彼女を引き取ることに。
しかし、日に日にエスカレートするエスターの不気味な言動に、ケイトは不安を覚え始める──。
2009年製作、アメリカの作品。
原題は『Orphan』で、「孤児」の意。
有名すぎて逆に手を出すタイミングを逃していましたが、続編が近づいてきたこともありようやく鑑賞。
とんでもなく面白かったです。
もっと早く観れば良かった。
とても好きな作品になりました。
原作小説もある?というのを初めて知ったので、こちらもいつか読んでみたい(原案?発売はされてないのかも)。
監督は『フライト・ゲーム』、『ロスト・バケーション』などのジャウム・コレット=セラ。
自分はどうもこの監督の映像、好きなようです。
主人公の女性ケイトを演じたのは、ヴェラ・ファーミガ。
同監督の『トレイン・ミッション』にも出演していましたが、ホラー映画界隈では『死霊館』シリーズのロレイン・ウォーレン役が一番有名でしょうか。
表情がとても上手い。
ケイトの娘マックスを演じたアリアーナ・エンジニアは、実際に難聴を患っており、手話や読唇術は普段から使用しているそうです。
それ以外の演技も見事でした。
しかしとにかく、やはりエスター役のイザベル・ファーマンの演技が圧倒的でした。
当時12歳だったとは思えないほど、多彩な表情や表現。
大人になって演じる前日譚の続編『エスター:ファースト・キル』がどうなるのかも楽しみです。
「この娘、どこか変だ」のキャッチコピーで有名なポスター画像。
こちらは、鏡写しで完全に左右対称になっているようです。
完璧なシンメトリィが人間(自然物)としては不自然であり、そのために、無表情や陰影によるものだけではない独特の不気味さが漂っています。
さて、小ネタというか情報ばかりになってしまいましたが、作品の内容に移ると、とにかく先の読めない見事な構成でした。
徐々に不気味さが浮き彫りになってくる少女エスターが何者なのか。
不気味な子どもというと『オーメン』あたりがまず浮かんできますが、どうやらオカルト方向ではなさそう。
かといって、どれだけ大人びていたとしても、さすがに子どもの言動しては無理がある……という印象も、後半でしっかりと吹き飛ばしてくれます。
エスターは実は大人だったという一番のどんでん返しポイントも見事ですが、意表を突くことだけに注力するのではなく、その前後のすべてのシーンを丁寧に描いていたことが、本作の完成度を高めていました。
伏線も実に丁寧。
芸術度も高く、あの家は素敵すぎて住みたいです。
子どもというだけで疑われにくいのは、興味深いバイアスです。
それを一番活かしているのが、コナンくんでしょうか。
ケイトの夫ジョンは、観客のほとんどが苛立ちやもどかしさを感じたのではないかと思いますが、個人的に一番問題があったと感じているのはケイトのカウンセラーでした。
飲酒をしたと決めつけたり、ケイトに問題があったり嘘をついていると決めつけてケイトの話も聞かずに説得しようとする姿勢は、カウセンラーとしては失格です。
サスペンス・ホラーとしては、圧巻の完成度。
前日譚を描く『エスター:ファースト・キル』は、タイトルからするとエスターの最初の殺人、つまりエストニアの家庭で養子になり、殺害して放火した事件が描かれるのでしょうか。
エスターの過去についてはその続編で公式に明らかになる部分が多々出てくるはずなので、そのあたりの深掘りは避けつつ、後半では色々と考察していきたいと思います。
考察:エスターの目的やケイトの心理(ネタバレあり)
エスターについての考察あれこれ
9歳の少女エスターというのは世を忍ぶ仮の姿(?)であり、実際は33歳のリーナなる女性でした。
下垂体性機能不全と説明されていましたが、下垂体機能低下症による成長ホルモン欠損症というのが実際にあるようです。
また、現実に、ナタリア・グレース・バーネットという小人症の女性が、2010年に子どもの振りをして養子となり、養母を殺害しようとするという「ナタリア事件」がありました。
「リアルエスター事件」とも呼ばれており、実際に同様の事件があったほどのリアルさが、『エスター』の恐怖の骨子であることは間違いありません(時系列的には『エスター』の方が先であり、ナタリア事件をベースにしたわけではない)。
エスターは、エストニアにあるサールン・インスティテュートという精神病院のヴァラヴァ医師が把握している限り、7人を殺害したとのこと。
ヴァラヴァ医師によれば、最初の事件はエストニアで養子になり、その父親の誘惑に失敗したため家族を皆殺しにして放火した事件です。
ケイトが持っていた写真の限りでは、この家族は4人(両親と子ども2人)のようでした。
つまり、このあとにも少なくとも3人は殺害しているということになります。
ここから若干時間軸が混乱するのですが、ヴァラヴァ医師いわくエスターがサールン・インスティテュートを脱走したのは1年前とのことでした。
そこから、方法は不明ですが偽の書類を作り、アメリカで養子(サリバン家)になりましたが、そこでも両養親を殺害し、放火。
つまり、少なくとも2家族は殺害・放火しているはず。
一方、シスター・アビゲイル(エスターに殺害された孤児院のシスター)によると、エスターは「ここ数年で英語を身につけた」とのこと。
エストニアにあるサールン・インスティテュートを脱走したのが1年前なので、このあたりの時系列がよくわかりません。
そこは矛盾点なのか、何か見落としているのかもしれませんが、いずれにしても、エストニアで何人も殺害して精神病院に入院していたけれど脱走し、偽装書類でアメリカに来て養子になり、前養親も殺害して放火した、というのは間違いなさそうです。
エストニアで刑務所ではなく精神病院にいたことからは、何かしら下垂体性機能不全以外の精神疾患があったことが推察されますが、それは何かはわかりません。
サイコパスでは心神喪失とはならず、刑務所より医療が優先されることはありません(エストニアがどうなのかは知りませんが)。
エスターがサイコパスかどうかはさておいて、凶暴なエスターは精神病院でも暴れたため拘束衣を着せられ、それでも暴れたために、首と両手首に傷跡が残りました。
これがエスターが、常に首と手首にリボンを巻いていた理由です。
入浴時に鍵をかけたのも、おそらく傷跡を見られないようにするためでしょう。
また、上述したナタリア事件では、月経や陰毛の量などを不審に思った養母が検査を依頼して発覚したということなので、全裸だと傷跡以外にも見られると困ることが多くあったのだと考えられます。
終盤、ジョンの誘惑に失敗後、メイクを落とした顔は老けて見えたので、普段は子どもに見えるように、常に薄くメイクをしていた可能性もあります。
そうなると、入浴後にメイクをする姿も見られるわけにはいきません。
ただ、子どもに見えてもエスターはアラサー。
お肌のハリは、どれだけ頑張っても9歳のもちもち肌には及びようがないでしょう。
ケイトやジョンが気がつかなかったのかな、とは思いますが、独特なファッションは、顔から注意を逸らす意味合いもあったのかもしれません。
同様に、入れ歯をしていたのも、本来の歯を隠すためです。
ステーキを小さく切っていたのも、歯医者へ行くのを回避したのも、それが理由でしょう。
どうやって入れ歯を作ったのかな、虫歯になったらどうするんだろう、学校の健康診断とかどうするつもりだったのかな、というのは謎です。
健康診断は歯医者と同様休めたかもしれませんが、たとえば体調を崩して病院に行くのも避けたかったと思うので、かなり自己管理が必要ですね。
ラストシーンは、さすがに死んでいると考えるのが自然です。
あれで生きていたとなるとやや人間離れした存在になってしまい、ジャンルが変わってしまいそうなので、正統派続編としては後日ではなく前日譚を描くのは正解だと思います。
エスターの目的
エスターの行動の目的は、男性の愛情でした。
それは父娘の愛情ではなく、異性としての愛情であり、肉体関係を持つ関係性です。
部屋の壁に描かれた絵からは、狂気的と言えるほどの執着心が感じられます。
その欲望の原点はわかりませんが、少なくとも最初に殺害した家族も、養父に関係を迫って断られたことがきっかけでした。
無差別に人を殺したい衝動を抱えているというよりは、期待した愛情が得られなかった(=裏切られたと感じた)ときに殺害という行動に出ているようです(それ以前にも発覚していない殺人があったかもしれませんが)。
特にケイトに対して不敵な態度を取っていたのは、目的であるジョンのパートナーであるケイトこそが邪魔だったからだと考えられます。
ジョンと愛し合うケイトに嫉妬心もあったでしょう。
ケイトを悪者にして夫婦関係を壊し、家から追い出す。
そうすることで、自分とジョンが2人になれると考えたのです。
子ども2人(ダニエルとマックス)は、エスターにとっては大した存在ではなく、利用する駒に過ぎません。
マックスが乗った車のサイドブレーキを外したのも、マックスを殺したかったわけではなく、ただ「ケイトが約束を破って飲酒をして、そのせいでマックスを危険な目に遭わせた」という事実作りのためであり、生死はどちらでも良かったはず。
目的のためには他者の生死にすら興味がなく、その意味ではサイコパス的であると言えます。
瀕死の鳩を殺したのは、楽にしてあげる優しさと見るか、残酷さと見るか。
しかし、ブレンダをすべり台から突き落としたのは単にいじめられたことへの仕返しであり、ここも生死はどちらでも良いと考えていたような冷酷さと、怒りの感情を抑えられない衝動性が窺えます。
ブレンダの事件に関しては、ジョンが過去の浮気相手ジョイスと会話をしていたことも、嫉妬心をかき立てられ、怒りと衝動性がさらに増す要因になっていたと考えられます。
少し逸れたので話を戻すと、養子となり、その父親と結ばれるという発想は、普通に考えて無理があります。
しかしエスターは、病気のせいもあって、これまで男性との適切な関係性を築くことができなかったのでしょう。
狡猾な立ち回りと比べて、男性関係だけあまりにも杜撰で非現実的なアプローチであるアンバランスさも、エスターの特徴をよく表しています。
これまでに少なくとも2件は家族を殺害の上、放火しており、今回もケイトらを殺したあとは燃やそうと考えていたのではないかと思います。
それ以外にも、ツリーハウスごとダニエルを燃やそうとしたシーンもあり、燃やしてリセットするというのがエスターの得意技のようでした。
火の意味を心理学的に考察することも可能ではありますが、『エスター』では単純に、すべてを無に帰すリセットの象徴として留めておくので十分でしょう。
父親としての「I love you.」を男女の愛情表現であると本気で捉えアプローチするも、当然のように拒絶され、一方的に裏切られたと感じて殺害。
これまでも、同じパターンを繰り返してきたのでしょう。
聖書に挟まれていた3枚の男性の写真は、いずれも異なる男性のようでしたが、これまでの犠牲者であると考えられます。
ジョンも含めてどの男性も、33歳というエスターの実年齢を踏まえても、エスターよりかなり年上に見えました。
エスターなりに、父性的な存在も求めていたのだと推察されますが、そのあたりは『エスター:ファースト・キル』で描かれるかもしれないので、置いておきます。
ただ少なくとも、エスターは単純に、肉欲に溺れてこのような事件を起こしていたわけではないはずです。
それであれば、養子になるという面倒な形態を繰り返す必要はありません。
エスターは本性を現したあと、エマに向かって煽り散らかしてから「遅いわ、自分が悪いの、家族を大切にしない罰よ」と言い放ちます。
ここには静かな怒りが込められており、エスターが家族というものを求めていたことが推察されます。
ただ男性だけを求めていたわけではなく、夫婦としての愛情、そして温かい家族を求めていたからこそ、一気にどちらも手に入る(とエスターは思っていた)養子になるということを繰り返していたのだと考えています。
その背景に見えてくるのは、やはり孤独感です。
「I love you.」の言葉に今度こそと期待したけれど、また裏切られてしまった。
エスターの真相が明らかになるヴァルヴァ医師の台詞が被っているのでそちらに気を取られがちですが、メイクが崩れ、黒い涙を流しながら号泣するエスターの涙は、悲しみの涙でしょう。
そう考えると、エスターはずっと孤独感を抱えてきた、悲しい存在でもあることが窺えます。
ケイトの心理とラストバトルの意味
ケイトは、第3子であるジェシカを死産して失い、その喪失からまだ抜け出せていない様子でした(当たり前ですが)。
そのためアルコール依存になり、その過失でマックスが池に落ちるという事故があったようで、それはジョンのフォローがなければ刑務所行きになっていた可能性もあるほど、ケイトに責任があったようです。
そんなケイト(とジョン)は、新たに養子を迎えようとします。
これは前向きにも見えますが、何とも微妙なところです。
すでに子どもが2人いる中、新たに子どもを養子に迎えようというのは、失った子どもの悲しみを乗り越えるため、という側面が強く見えてきます。
養子を女の子に限定していたことも、それを裏づけるでしょう。
ただ、ケイトは誠実であり、とても優しい人格であることが節々からは見て取れます。
「ジェシカへの愛を必要とする子にあげたいの」という発言は、必ずしも自分の救済のためだけではなく、新しい家族ときちんと向き合おうとしている覚悟も窺えるものでした。
その点は、別の子に死んだ娘の名前をつけて同一視した『LAMB/ラム』のマリアとは、大きく一線を画します。
しかし、結果としてエスターを迎え入れるという決断は間違っていました。
そこにはエスターだけの問題ではなく、自身の救済を求めて養子を迎えたケイトの問題も絡み合っていたはずです。
娘としてはマックスがいるのに、あえて養子という形態をとってまでエスターを迎え入れたことは見逃せません。
ジェシカへの愛情をさらにマックスに注げば良いのでは?とも思いますが、上述した通り、ジェシカの喪失の痛みのせいでマックスを危険に晒してしまったケイトにとっては、マックスは、ジェシカ喪失の痛み、そして自身の罪悪感を喚起されてしまう存在でもあります。
さらにマックスは、先天性の難聴を患っていました。
どれだけ自分は悪くない、自分のせいではないとわかっていても、先天性の疾患を持って生まれた我が子に対して、自らを責めない母親はいません。
それら複雑に絡み合った問題に決着をつけるのが、最後のエスターとの池での戦いでした。
そこは、ジェシカを失ったケイトが酒に溺れマックスまでも失いそうになった場所であり、ジェシカの喪失に伴う負の象徴の場です。
わざわざ大移動してまでそこが最終決戦の場に選ばれたのは、偶然ではあり得ません。
その場所で、ジェシカへの愛情を代わりに向けようとしたエスターに「私はあんたのママじゃない!」と言い放ち、池に蹴り落としました。
それは自身の誤った選択に決着をつけると同時に、今度は正しい選択をしてマックスを守ることができたのです。
それは、真の意味でマックスと向き合うことも意味します。
ちなみに、終始ケイトとしっかりと向き合わず、信じようとしなかったジョンですが、ケイトはそんなジョンの頼りなさを心の底では理解していた様子が、冒頭の夢から読み取れます。
その夢でジョンは、死の出産に苦しむケイトをただビデオカメラで撮影していました。
カウンセリングで話し合っていたように、あの夢をケイトの潜在意識と解釈すれば、ジョンはケイトの苦しみに寄り添わず、直視すらしない画面越しの傍観者でしかないとケイトは捉えていた可能性を示唆します。
表面上は良い夫、良い父を演じていましたが、肝心なところでまったく理解しておらず、理解しようともしていなかったジョン。
過去に浮気に走ったことや、1人家でお酒に溺れていた姿からは、困難からは目を逸らし、回避しがちな傾向が窺えます。
その他細かいポイント考察
①ケイトたちが初めて孤児院を訪れたとき、2階から見ていたのは?
ケイトとジョンが初めて聖マリアナ女子孤児院を訪れたとき、2階から隠れながら2人を見下ろす主観視点が2回挟まれました。
これは、その後2階にいたことからもエスター視点であると考えられますが、その意味というか目的としては、養子を求めてきた養親がどんな人物なのか、さらに具体的には父親が好みのタイプなのかどうかを確認していたのだと考えられます。
ジョンが好みだったので好印象を抱かれるように対応しましたが、タイプでなければわざと嫌われるような対応をしたり、あるいは隠れて会わないようにするつもりだったのかもしれません。
②マックスの補聴器を奪ったのは?
終盤、エスターが大人の女性の本性を現してジョンに迫るシーンの前に、ジョンがマックスを寝かしつけるシーンがありました。
このとき、マックスの部屋に顔を出したエスターは、マックスにおやすみのキスをしながら、テーブルに置かれたマックスの補聴器をこっそりと持ち去りました。
これはおそらく、その後ジョンにアプローチしようと思っていたので、邪魔をされないためであったと考えられます。
そもそも物音を立ててもマックスにはほとんど聞こえないでしょうが、万が一起きた場合にも、補聴器がなければそれほどうろうろしないと考えたのでしょう。
また、別の見方をすると、単純にマックスへの嫌がらせという可能性もあります。
エスターがマックスの部屋の入り口に現れたのは、ジョンがエスターに「I love you.」の手話を送った直後でした。
親子の愛情と男女の愛情の区別がつかないエスターは、マックスにも I love you. が向けられていることが許せなかったのです。
このことは、エスターが家に来たばかりの頃、プレゼントをもらってジョンに抱きつき、ゲームをしていたダニエルに得意気な顔をしていた点も、同様の解釈が可能です。
ジョンを独占したいという気持ちは、家族に対する嫉妬心にも繋がっていたのでしょう。
追記
『エスター ファースト・キル』(2023/04/08)
続編にして前日譚『エスター ファースト・キル』の感想・考察をアップしました。
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