作品の概要と感想(ネタバレあり)
タイトル:ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子
著者:内藤了
出版社:KADOKAWA
発売日:2014年10月25日
謎の連続自殺事件。
被害者は、かつて自分が犯した殺人事件と同じ手口で死んでいく。
事件を追う新人刑事・藤堂比奈子が出会ったおぞましい真実とは──。
2014年発売の作品。
第21回日本ホラー小説大賞読者賞受賞。
シリーズの第1作で、全12作ですでに完結。
ドラマ化もされている人気シリーズのようです。
角川ホラー文庫ですが、それほどホラーという感じではありませんでした。
というのを、最近角川ホラー文庫作品を取り上げるたびに言っている気がします。
広義のホラーとして、少しでも恐怖に関連する作品を取り扱っているのだと理解。
しかし本作は、ホラーではないとしても、ジャンル分けが難しく、既存のジャンルに当てはめようとすると、どれも中途半端になってしまいます。
最初はミステリィ作品かと思って読み始めたのですが、解答は現実的なトリックなどではなくファンタジックなオリジナル要素だったので、ミステリィでもない。
刑事ものとしても、リアリティには乏しめ。
サスペンスというほど緊迫もしていない。
「新しいタイプの警察小説の誕生!」という謳い文句でもあるので、独自のジャンルとして楽しむのが良さそうです。
視点は面白いですし、キャラクタも個性的で印象に残ります。
かといってラノベほど現実離れしすぎているわけでもない(藤堂比奈子と中島保はだいぶぎりぎりのラインですが)。
しかし漫画的なエンタテインメント性もあるので、なるほど、他にはない独自の路線による魅力で、人気が出るのも納得です。
猟奇的な事件を扱った作品では、登場人物たちも重い過去を抱えていたり、シリアスな雰囲気になりがちです。
しかし、本作では警察側の面々は、基本的にのんびりしています。
比奈子の同期・仁美が殺害されたのは衝撃的な出来事でしたが、良くも悪くも、そこまで重々しい雰囲気にもなりません。
猟奇的な事件とのんびり具合のバランスが絶妙で、後味もさっぱりめ。
視点がころころ変わったり(比奈子視点だったのに、急に保の心情が描かれるなど)、状況がわかりづらい文章はやや気になりましたが、本作がデビュー作でもありますし、仕方ないところも。
心理学的な部分はぶっ飛びすぎているので、ここまでだと逆にフィクション作品として純粋に楽しめました。
「猟奇犯罪捜査班」というほどチームが確立しているわけではありませんでしたが、これからそうなっていくのでしょうか。
のんびりとシリーズも追っていきたい感じ。
考察:入り乱れていた事件の整理(ネタバレあり)
「ON 猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」では、色々な事件が起こり、絡まり合っています。
整理しながら、何が起こっていたのか振り返ってみたいと思います。
諸々の事件の整理
①大友翔の事件
過去、中学生時代に母親をバットで撲殺した大友翔。
顔は美しく、吃音あり。
彼は少年院に入院し、その際に早坂雅臣医師が担当していたようです。
中島保が目指しているという鑑別技官は、法務技官という名称が一般的です。
国家公務員の心理専門職で、医師は医師で矯正医官という職があるので、早坂医師が法務技官をやっているというのは、ごっちゃになっているのかな。
というのを筆頭に、このあたりは色々と混在している感じなので、いちいち深く考えずに置いておきます。
大友翔は幼少期から虐待、特に性的虐待を受けていたようで、母親の支配下にありました。
しかし、中学生のある日、性的不能をなじられたことでキレて、母親をバットで殺害。
そのときに快感を覚えました。
少年院を出たあとも、母親を想起させるアイテムと出会うと、快楽を求めて殺人の衝動が湧いていたようです。
それらの欲求で殺害したのが、わかっている範囲で、
- 公園でのコンビニのパート主婦殺害(自己臭恐怖で、母親と同じ香水を多用していた)
- 団地での女児殺害(母親と同じ香水を使っていた)
- 仁美の殺害(母親と同じタバコを吸っているところをアルバイト先のレストランで見た)
です。
いずれの現場も、裸電球もセットだったので、それもキーアイテムになっていたのだと思います。
ラストで早坂医師を殺害したのも、保が使うことがなかった裸電球を使用したからでしょう。
最後は、保が指輪を使って大友の頭にスイッチを仕込みました。
その上で、キャンディなどを使って女児殺害の記憶を強く蘇らせ、それによってスイッチが入り、母親を殺害やパート主婦を殺害したときと同じように自分を殴り、女児を殺害したときのように自分を解剖し、死亡しました。
②宮原秋夫の事件
宮原は、30歳で運送会社に勤務していました。
過去にストーカーや強制わいせつで3回検挙あり。
比奈子が聞き込みに行った被害者の一人、元キャバクラ勤務、現小料理屋の女将によれば、ご飯に付き合うといったらずーっと店の裏で待っているような、なかなかねちっこい性格のようです。
別の被害者、宇多川早苗は、宮原に凌辱された上、結婚が決まるとそのときの画像を送りつけられ、結婚式直前に自殺。
未解決事件だった、インター下で女子高生をレイプ・殺害したのも宮原でした。
そのときにコーラの瓶を被害者の陰部に押し込むという鬼畜っぷり。
それらの所業により、保のスーパー扁桃体アタックによって、自分に同じ行為を繰り返し、死亡しました。
ちなみに彼の死は入り組んでいてだいぶわかりづらいですが、インター下で保からコーラの瓶を渡されスイッチが入りスーパー扁桃体アタックにより自殺する際、なぜ自宅まで戻ったのかはよくわかりません。
インター下で事件を起こしていたのであればインター下でそのまま自殺するのが正しい気もしますが、家に逃げ帰れるぐらいの余地はあったようです。
自殺の様子をスマホで録画したのは、かつて宮原が女性を凌辱した際、その様子をスマホで撮影していたから。
録画映像がなぜネットに出回ったかといえば、宇多川早苗の婚約者だった男性が、宮原にウイルス入りのメールを送りつけたから。
と、色々と偶然も重なったことで、だいぶ不可解な状況が出来上がったのでした。
③鮫島鉄雄の事件
死刑囚・鮫島鉄雄。
彼は、スーパーに強盗に押し入った上、店長とパート従業員を殺害。
逃亡先でも、実家の母親、別のところに住んでいた叔母をそれぞれ殺害し、金目の物を持ち去るという、こちらもなかなかの鬼畜具合です。
4人殺害した彼は、保のスーパー扁桃体アタック(そろそろしつこい)によって、3度自傷し、4度目で自殺しました。
いずれも、トイレの便器、座卓、運動場の床、そして壁に頭を打ちつけました。
芋煮の味にブチ切れで叔母を殺害したというののは、ちょっと「えぇ……?」という感じではありましたが、いずれにせよ、衝動的で短絡的な人物だったのでしょう。
4回の自傷・自殺はやや間隔が空いていましたが、スーパー扁桃体アタックはそのような分割も可能なようです。
死刑判決後、拘置所で彼のカウンセリングをしていたのが保でした。
直接接触ができない彼に、どうやって指輪を使ってスイッチを仕込んだのかは不明。
ちなみに、死刑囚がいるのは拘置所、ということについては映画『死刑にいたる病』の考察で詳述しています。
④柏木の事件
柏木は、小学生3人を殺害したとして逮捕された人物です。
小学生3人は、塾帰りに暗がりに連れ込まれて刺殺されました。
柏木は知的障害があり、その自白の信憑性について、警察はマスコミに叩かれたようです。
一方、彼の兄が事件後、心臓を3回刺して自殺。
このことからは、真犯人は兄であったことが窺えます。
というかこれ、柏木は冤罪ということになり、大問題ですね。
柏木を資質鑑別したのが早坂医師と書かれていました。
ちなみに、資質鑑別は少年に対して使われるので柏木は未成年だったのかもしれないのですが、それだと何で名前が出ているのかということもあったり、このあたりはごっちゃになっているのかなポイントなのでスルー。
⑤笹岡の事件
笹岡の名前は1回しか出てきませんでしたが、焼身自殺した人物です。
この事件が、何度読んでもちょっとわかりづらい。
笹岡は、とある女性と内縁関係にありながら、別に交際相手の女性もいた、ということのようです。
内縁の妻に対して、笹岡と交際相手の女性は虐待をしていたらしく、逃げ出さないように首輪をつけて監禁していました。
そして、最終的には内縁の妻を死に至らしめてしまったようです。
その遺体は、物置にあったドラム缶にコンクリート詰めにして隠蔽してありました。
笹岡は、この事件の前からなのか後からなのかはわかりませんが、うつ病でハヤサカ・メンタルクリニックに通院。
そこで保に扁桃体にポリープを仕込まれ、内縁の妻にしたのと同じように首輪をつけた状態で自分にオイルをかけ、焼身自殺。
それを発見した交際相手が、内縁の妻殺害の発覚を恐れ、笹岡の首輪を外して家に放火しました。
これらのことからは、笹岡と交際相手は、内縁の妻にオイルをかけて焼死させたのだろうと推察されます。
ただそうなると、ドラム缶に首輪をしたまま入れて焼死させ、そのあとにコンクリートを流し込んだということでしょうか。
このあたりの状況が少々わかりづらかったです。
⑥溝旗の事件
溝旗も名前が出てきたのは1回きりですが、早坂医師と同じ大学出身の心療内科医。
彼は、夜の診療室で、自分の身体に何本も注射器を突き刺して自殺しました。
溝旗は、強制わいせつや、患者が急死した事件3件で係争中、妻とは離婚訴訟の最中と、評判は悪かったようです。
彼はどうやら、女性患者に性加害を繰り返し行っていた様子。
おそらく何かしらを注射して自由を奪うなり昏睡させたあと、加害に及ぶことを繰り返していたのだと考えられます。
死亡事故3件の患者も20〜30代の女性だったようで、その延長線での死のようでした。
事故だったのか、発覚しそうになったため意図的に殺害したのかは不明。
中島保がしたこと
①スーパー扁桃体アタック
野比先生こと中島保。
保が、本作における事件のキーパーソンでした。
途中まで完全に医者だと思って読んでいましたが、臨床心理士でした。
本作における複数の事件を大きく分けると、大友翔による事件は、単純に彼が起こした事件です。
それ以外の不可解な自殺はすべて、保によるものでした。
彼は何をしたのか。
この手法は完全にフィクション的なものになるわけですが、大まかなメカニズムは以下の通り。
- 指輪から発する強い電磁波によって対象の扁桃体にポリープを作る(どんなんやねん!)
- それによって、対象が強烈で残忍な記憶を呼び起こしたとき、自然にスイッチが入る
- スイッチが入ると、反復していた快楽記憶が被害者の立場で経験される
- 被害者を殺害したのと同じ方法・回数を再現して、自分を殺す
保としては、「自分が犯した罪の記憶、反復していた快楽記憶を被害者の立場で経験し、狂い死ぬか、ショック死する」と思っていたようですが、まさかこんなとんでもないことになっちゃうなんて思わなかった(てへぺろ)ということのようでした。
なので、細かいメカニズムは作中でも不明のままです。
保は、宮原のスマホにウイルスを送り込んだ宇多川早苗の婚約者から、宮原が自殺した際の映像を受け取り、スイッチが入ると何が起こるのかを初めて理解しました。
その時点では、すでに関わりのあった多くの犯罪者にスイッチを埋め込んでいたとのこと。
なかなかとんでもない話。
これにより死亡したのが、鮫島、柏木の兄、笹岡、溝旗、そして最後に大友翔でした。
これ以外にも仕込まれた人がいるのかどうかはわかりません。
ちなみに、スイッチがオンになることで本作における不可解な自殺事件が起こったので、本作のタイトルが「ON」になったのでしょう。
②スイッチを押す者
また、保は「スイッチを押す者」というそのまんまの名前で、自殺者3名(鮫島、笹岡、溝旗)の自殺時の映像をテレビ局に送りました。
ただ、なぜ送りつけたのかは判然としません。
「彼らの死に様は公表されるべきなのだ」という主張は、東京拘置所の看守だった壬生のものです。
鮫島の自殺シーンの映像は、壬生から遺言的に保に送られてきました。
一方、笹岡、溝旗の自殺映像は、保が自ら手に入れました。
宇多川早苗の婚約者からもらったアプリ(宮原に仕込んだもの)のプログラムを改ざんし、「DVでグループセラピーに通っていた男のスマホ(内縁の妻を虐待していた笹岡)」「女性患者を食い物にしていた心療内科医のパソコンの(溝旗)」に仕込みました。
自殺映像を撮ろうとしたのではなく、彼らがDVや性犯罪の常習者だったため、告発のための証拠を得ようとしたとのこと。
笹岡はうつ病でハヤサカ・メンタルクリニックに通っていたということなので、その際にグループセラピーの話を聞いたのでしょう(グループセラピーもハヤサカ・メンタルクリニックで行われていたのであれば、その話もたぶん出てきたはずなので)。
そのため、保はあんな自殺事件になるとは思いもしていませんでした。
それを知った際には恐れ慄き、罪悪感に苛まれます。
そんな保と、映像をテレビ局に送りつけた行動がどうも一致しませんが、解釈するとすれば、保の意思というより、壬生の遺志を尊重したと考えるのが適切です。
ちなみに、保がやっていた「潜入=クライアントのことを知るために、相手の意識下に深く潜る。彼らに潜入したあとは、彼らが見る夢を見る」というのは、もちろんフィクションです。
催眠や様々な技法によってクライアントの深層意識を探っていくというのはあり得ますが、文字通り潜り込んでいくというのは、さすがに無理です。
保がやっていたのは、今敏監督でアニメ映画にもなった筒井康隆の小説『パプリカ』において患者の夢に潜り込んでいるので(あれは機械を使っていますが)、それと近いイメージですかね。
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