【小説】我孫子武丸『修羅の家』(ネタバレ感想・心理学的考察)

小説『修羅の家』の表紙
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作品の概要と感想とちょっとだけ心理学的考察(ネタバレあり)

タイトル:修羅の家
著者:我孫子武丸
出版社:講談社
発売日:2020年4月15日

この家は悪魔に乗っ取られた。
恐怖、嫌悪、衝撃。
そこは地獄。初恋の女性を救い出せるのか。
女の毒が体内に入り、蝕まれていく──。


『殺戮にいたる病』で有名な、我孫子武丸の作品です。

表紙に書いてある「House of Asura」の「Asura」は、阿修羅=修羅のこと。
仏教において、阿修羅は戦闘神、修羅道は争いの道とされ、転じて修羅は「争うこと」を意味するそうです。


さて、本作は、知る人が読めば、2012年に発覚した尼崎連続変死事件や2002年に発覚した北九州監禁連続殺人事件がモチーフとされていることは、すぐにわかると思います。

この点、著者である我孫子武丸が、コメントでも明言していました

ご記憶の方も多いでしょうが、2012年、尼崎などでの極めて陰惨で救いのない事件が報じられました。その事件の報道や詳細なドキュメント、ノンフィクションに触れて以来、少しでも何かそこに救いをもたらすような作品は書けないものかと思っていたところ、ある着想を得てミステリの形にしたものが『修羅の家』です。自分自身が、このやりきれない気持ちから「救われたかった」ということでしょう。

http://kodansha-novels.jp/2004/takemaruabiko/

これらの事件は、以前に感想を書いた櫛木理宇の小説『侵蝕 壊される家族の記録』など、他にもモチーフとされた作品は多数あります。
まさに小説より奇な事件であり、それだけインパクトを与えるものであったということでしょう。

その一番の特徴は、『修羅の家』でも描かれている通り、マインド・コントロールです。
それも1対1のマインド・コントロールではなく、家族といった複数人が、たった1〜2人の人間に支配されてしまうというもの。
さらには、指示されたままに家族間同士で暴力を振るい合う、時には殺し合いさえする異常性でしょう。

事件は、途方に暮れるほど救いのないものです。
そのため、『修羅の家』もまた救いの感じられないラストでした。
その点についても、上記コメントで著者自身が言及しています。

読後感的にはイヤミスや胸糞に分類されるのでしょうか。
実際の事件をモチーフとする限りそうならざるを得ない面もありますし、安易にハッピーエンドに持っていくと不自然になってしまう難しさがありますね。


『修羅の家』には、そこに我孫子武丸らしいミステリィ要素が加えられています。
それはいわゆる叙述トリックで、ハルオと野崎晴男の不一致であり、野崎晴男と北島隆伸の一致です。

ここは見事に騙されましたし、わかってから読み返すと、ぎりぎり感もありますがしっかりと随所が北島隆伸目線で通る表現になっているところがさすがです。
序盤で一番引っかかったのが、あまりにもあっさりと呑み込まれていった晴男の不自然さだったのですが、そこも見事に覆りました。


ただ、やはりどうしても「『殺戮にいたる病』を凌ぐ驚愕作!」の煽りは言い過ぎであったと感じてしまいます。
そもそも、オリジナリティの強い『殺戮にいたる病』と、実際の事件をモチーフとした『修羅の家』とでは、コンセプトも大きく異なります。

確かに、『殺戮にいたる病』と重なるポイントもあり、出版社も一緒なので持ち出したくなる気持ちもわかりますが、半ばカルト的な作品と化している『殺戮にいたる病』のハードルの高さは凄まじいものがあるでしょう。

それがなければ、実際の事件をモチーフとした作品として、それなりに純粋に評価されていたのではないかと思います。
煽り文句が、無駄に足を引っ張ってしまった気が。
ただ、そもそも手にとってもらうための戦略だと思うので、難しいところですね。


実際の事件をモチーフにした作品は、なかなか感想や考察が出てきづらいものでもあります。
『修羅の家』も、面白かったのですが語ることがあまりないような感覚。

マインド・コントロール的な部分も、「実際にこういう事件はあったから、あり得るんです」となってしまいます。
ただ、実際の事件のことを知らない人が読めば、「こんなんのあり得ないでしょ」と思うかもしれません。
しかし、そんなことが、むしろ本作以上に異様で残虐な事件があったわけです。

このようなマインド・コントロールに巻き込まれる可能性は誰にでもあり得ることであり、それらを知ってもらえるというのはまた大切な観点かもしれません。


とはいえ、さすが我孫子武丸、すらすら読めて先が気になる展開など、エンタテインメント作品としてはやはり素晴らしい完成度でした。
最初から最後まで爽快感のない展開は読む人を選び、相変わらず万人向けではないですけどね。
そういうところも好きです。

ただ、ラストは、個人的には若干物足りなさを感じました。
晴男=北島隆伸であることが判明してからはだいぶ駆け足だった印象ですが、特に「ただのレストランのマネージャー」こと片桐を巻き込んでからの展開は、ついていくので精一杯。

そもそも無計画で行き当たりばったり過ぎだった北島隆伸の「野崎晴男プロジェクト」ですが、片桐みたいな明らかに危ない存在を巻き込んで弱みを握られたら、さらに窮地に追い込まれるのは自明な気がします。
それもあって、最後に愛香と一緒に家を出て行った際、「出て行こうとするぼくたちを止めるものはいなかった」とあっさりと出ていけたのは、かなり違和感はありました


最後に少しだけ心理学的な観点で見ると、肝心の神谷優子こと増田優子のキャラが少々弱いというか、定まっていない印象だったところが残念でした。
特に、過去に同様の事件に巻き込まれていたという点や、山口が現れたあたりからの態度の変化からは、もともとサイコパス的な要因があった可能性はおそらくかなり低いと推察されます。

北九州連続監禁連続殺人事件では、主犯である松永太という男性はおそらくサイコパスでしたが、従犯として緒方順子という女性がいました。
彼女は、松永が支配した家族の一員ですが、松永のマインド・コントロール下にあり、自らの家族に対して監視を行ったり厳しい罰を与えていました。

そのように、マインド・コントロール下であれば、家族にすら残虐な行動を取ることすらあり得るのです。
ただ、優子は、定期的に会っていたとはいえ、日常的に山口の支配下にあったわけではありません。
1人であれだけの行為を行える冷酷さを持ち合わせていたとは、考えづらいものがあります。

さらに、本当に彼らを家族だと思っていたのであれば、なおさらです。
いくら自分がされたことの再現とはいえ、本当に家族だと思っていながら完璧にマインド・コントロールをするというのは、あえて現実的な観点から考察すればかなり無理があります
どんなパーソナリティなのか、何がしたかったのか、結局最後までややブレがあるように感じてしまいました。

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