【小説】秋吉理香子『サイレンス』(ネタバレ感想・心理学的考察)

小説『サイレンス』の表紙
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作品の概要と感想(ネタバレあり)

タイトル:サイレンス
著者:秋吉理香子
出版社:文藝春秋
発売日:2020年1月10日(単行本:2017年1月26日)

島一番の美人で、かつてはアイドルを目指していた深雪。
現在は、夢を諦め、東京の芸能プロダクションでマネージャーをしている。
婚約者である俊亜貴と3年ぶりに故郷の島を訪れるが、彼には深雪に言えない秘密があった。
その秘密が明らかになった時、深雪の運命が狂い始める──。

年末年始に読むのがおすすめな、とある島を中心に描かれたサスペンス小説。
著者の作品は初でしたが、文章は情景が浮かびやすい上にとても読みやすく、登場人物の背景や心理も深掘りされていて、のめり込みました。
視点によって変わる登場人物の印象も、散りばめられた伏線の回収も、お見事。

説明は最低限で、真相は明確には明かされず、独特の余韻を残す作品
ただ、秋吉作品では珍しい形態らしく、これまでは明確に説明がなされる作品が多かったようなので、他の作品も読んでみたい。

個人的な話をすると、東京生まれの東京育ちなので、こういった地方の故郷というのはとても憧れます。
田舎、風習、といった舞台設定も大好きです。
ないものねだりであることは理解していますが、東京は「故郷」といった感じがほとんどないで、「故郷」があるというのは羨ましさを感じていました。

とはいえ、もちろん実際に住めば楽ではないことも重々承知。
『サイレンス』で描かれる舞台は、その中でも特に極端な、良く言えば古き良き、悪く言えば悪しき風習の残った島、雪之島
そこで描かれる人間模様や日常生活だけで新鮮さがありました。

本作で描かれる恐ろしさは、そういった古い因習が残るコミュニティの負の側面が強調されていたからでしょう。
とはいっても、よくあるような、恐ろしい儀式が行われてたり、直接的な恐怖体験が降りかかるわけではありません。
日常の延長に当たり前のように溶け込んでいる恐怖であったと感じます。

そのため、日常生活がリアルに描かれてこそ、本作の本質的な部分は本領を発揮されるのであり、その点も実に完成度が高いです。
雪室を活用した島おこしなんて、実際にありそうだし成功しそう。

視点によって島や人の印象が変わるのが、とても効果的な作品でした。
謎も、複数の視点によって浮かび上がってくるものであり、誰か1人の視点だけでは全貌は明かされません。
そもそも、全貌も明らかになったとは言い難く、けれども消化不良な感も抱かない、絶妙なバランス。

すべての謎は雪に覆い隠される静寂を湛えた1作。
そのため、この何とも言えない余韻を楽しむべき作品で、描かれている以上のことを考察してしまうと野暮になってしまう気もしますが、少しだけ、雪之島の謎を考察しておきたいと思います。

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ちょっとだけ考察:雪之島について(ネタバレあり)

作中で浮かび上がってきた謎

まずは、作中でほぼ解答がほのめかされている点について、念のため整理しておきます。

①俊亜貴はどうなったのか?

宮原かおりとの浮気がばれ、深雪の家から、そして雪之島から逃げ帰ろうとした俊亜貴。
彼はそのまま、音信不通となりました。

彼は達也にトラックで送ってもらい、フェリーに乗って島から出て行った……ように見せかけて、実は達也に殺害されていたと考えられます。
その死体は、雪室の中へ
携帯電話と一緒に、一番基礎となる部分で氷漬けになっていました。

トラックに載せてあったショベルは、俊亜貴を埋める際に使ったものでしょう。
達也が深雪を家に送っていったとき、荷台の雪の中には、まだ俊亜貴の死体が隠されていたはずです。
俊亜貴の死体を荷台に乗せたまま、深雪に長年の愛を告白し、キスをした達也。
怖。

②俊亜貴が借りたスーツは誰のもの?

スーツには「Suzuki」と刺繍がしてありましたが、これは深雪の友人・朋子の交際相手であった鈴木ヒロキです。
雪之島に来て朋子パパから借金をしようとしましたが、金銭目当てであることがばれ、翌朝にはいなくなっており、その後は音信不通だったとのこと。

これもきっと、達也たちによって殺害され、埋められていたのだと考えられます。
その場所はおそらく一真の家の雪室です。
一真の家の雪室は、何十年も放置されていたのを2年前に突然埋めたとのことでしたが、これは鈴木の死体が埋められていたからだと考えられます。

ちなみに、「達也たち」と書きましたが、一真は朋子と結婚していることからも、もともと好意を抱いており、鈴木の殺害も一真が主導であったと考えるのが自然です。
スーツの存在を知っていたことから、達也も鈴木殺害のことを知っていたのは確実。
達也は殺害から関わっていたのか隠蔽するタイミングから関わったのかは定かではありませんが、少なくとも2人は鈴木殺害・隠蔽に関わっていました。

それ以上の人物が関わっていたのかは定かではないところが恐ろしですが、思わせぶりな会話内容からは、陸斗も関わりを感じさせます。
「もし何かあっても……俺たちで深雪を守ってやろうな」という陸斗の台詞は、純粋に深雪のことを案じる強い絆を感じさせますが、読後に読むと不気味なものに映ります。

「もちろん。深雪のことは、雪之島のみんなで守る」という達也の返事もまた然り。
もしかして、青年会全員が知っているのか?
いやもしかすると、島全体が?
そんなことまで想像させるのが、『サイレンス』です。

しかし、俊亜貴が朋子に出会う可能性もあるのに、鈴木のスーツを貸したのはなかなか大胆でした。
スーツの見た目だけではわからないだろうと考えたのか、「Suzuki」という刺繍があるのにも気が付いていなかったのかもしれません。
それにしても、証拠品となるスーツを保管していたというのも、少し不自然なポイントではありました。

雪之島としまたまさん

雪之島で信仰されている、島と海を護る神様・島霊様しまたまさん
その存在は、一体何だったのでしょうか。

『サイレンス』においては、人間による犯罪やいたずらと、超常的な自然現象が入り乱れます
前者は、達也による俊亜貴殺害や、陸斗の娘・風花が深雪を帰さないために標識を雪で隠したり祠を置いたりしたこと、そしておそらく陸斗が離れのドアを凍結させて深雪を閉じ込めたこと。
後者は、タイミングよく宮原かおりと俊亜貴のスキャンダルが流れたことと、もちろん、深雪を島に閉じ込めた猛吹雪。

これらがすべて重なり、深雪が島に残ることになったというのは、都合の良い展開です。
ただ、それを都合が良いと一笑に付すのか、それこそがしまたまさんによる、人間の理性的な理解では及ばないものと見るか

雪之島は、旧態依然とした文化で成り立っています。
それは、湊かなえの小説『母性』などで詳述しているのでここでは詳細は省きますが、古来日本の母性原理が優位なコミュニティです。
そこでは「場の倫理」が「個の倫理」よりも優先されます。
本家や分家といった上下構造も見受けられますが、それも島全体の秩序を守るためであり、本家や当主の個人的な欲望に基づくものではありません。

それは宗教観にも現れています。
日本で主流なのは仏教であり、これは雑に言えば、誰しもが仏によって救いを得られるという母性原理に基づくもの(日本は特に多神教)です。
一方のキリスト教は、父性的な切断を特徴とする宗教であり、神との契約を守る選民だけが救済される一神教です。

雪之島におけるしまたまさんも、日本らしい宗教観が見られます。
それは島や海を守る神でもあり、元日に子どもたちがしまたまさんに扮する儀式があることからは、島民1人1人の中にも存在するものであることが示唆されます。

非科学的な方向に走れば、深雪が島に閉じ込められて残り、再び島に住むようになったのは、すべてが人智を超えた必然だったと言えるのです。
その場合、達也の行動も、個人の欲望を超えた、しまたまさんの力により行動させられたものであった、と捉えられます。

つまり、しまたまさんは唯一の神ではありません。
島や島民全体の意思を象徴する存在であり、島の至るところに存在し、そして島民1人1人の心の中にも存在しているのです。

母性の機能は「包含する」ことであり、それはすべてのものを平等に慈しみ育む反面、すべてを呑み込み死に至らしめる側面も持っています。
島を飛び出した深雪も、結局は島に戻り、まるで人格が変わったように幸せそうに過ごしている姿は、「幸せになって良かったなぁ」では終わらせず、しまたまさんに呑み込まれたかのような恐ろしさも感じさせるものでした。

母性原理に基づくとはいえ、それが働くのはコミュニティ内であり、昔から村八分などあるように、秩序を乱すものや外部に対しては非常に排他的であることも特徴です。
朋子を、深雪を守るためという口実のもと、鈴木や俊亜貴をあっさりと殺してしまい自分たちが結婚する冷酷さは、その負の側面を強く感じさせます。

その点、雪之島は雪で覆い隠されるがごとく、隠し事の上に成り立っているところも特徴的です。
美しく、無垢を思わせる純白の雪の下には、島の深い闇が隠されているのでした。

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