【小説】神津凛子『スイート・マイホーム』(ネタバレ感想・心理学的考察)

小説『スイート・マイホーム』の表紙
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作品の概要と感想(ネタバレあり)

タイトル:スイート・マイホーム
著者:神津凛子
出版社:講談社
発売日:2021年6月15日(単行本:2019年1月12日)

長野の冬は厳しい。
スポーツインストラクターの清沢賢二は、たった一台のエアコンで家中を隅々まで暖められると評判の「まほうの家」のモデルハウスに心奪われる。
寒がりの妻と娘のために、その家を建てる決心をする賢二。
新居が完成し、家族に二人目の娘も加わって、一家は幸せの絶頂にいた。
それなのに──。

第13回小説現代長編新人賞受賞作。

個人的にはだいぶ点数高めな1作です。
派手さはなく、地味で展開はゆっくりめではありますが、構成が非常に巧み
決して斬新な設定や展開というわけではないと思いますが、それでもこれだけ引き込む力を持っているのは、「まほうの家」という特殊設定と、構成の巧みさによるものでしょう。
文章も読みやすく、最後まで一気読みでした。

特に、何が起こっているのかわからない序盤は先が気になります。
オカルト・心霊モノっぽく見せかけて、実は人間の仕業でしたという展開も好き。
中盤あたりで真相はだいたい推測できるようになりますが、そのワントリックだけではなく、色々な設定が組み合わさっていました。
「第二章 リソウの家」の甘利視点で色々なものがひっくり返る構成が、とても見事です。

解説を読むと、著者自身が「まほうの家」のような家を建てたことをきっかけに本作を思いついたようなので、このような作りの家は実際にあるようですね。
北国在住でなくとも、冬のエアコンはやはり乾燥してしまうので、ちょっと憧れます。
「幸せの象徴であるマイホーム」が恐怖の拠点となってしまうコントラストが怖さを引き立てるという構図は古典的なものですが、そこに「物理的な温かさ」が加わっているところが本作の面白さでした。


マイナスポイントとしては、後半、急に駆け足で荒くなってしまった印象で、少々強引な部分が目立ってしまった点でしょうか。
特に、

  • 肝心の犯人(本田)の動機がいまいちわかるようでわからない
  • さすがに父親の死体を埋めて隠したり、そこだけ賢二がすっかり忘れているのは無理がある

といったあたりは、物語の根幹にも関わってくるので、少し詰めが甘くなってしまっている印象を受けました。

前半の「オカルトっぽい演出」は、振り返ってみれば「オカルトと思わせるためだけの演出」感が強く、必然性はありませんでした(本田さん、そんなにも幽霊っぽいんですかね)。
あとは、主人公の賢二がなかなかにクズいので、その点がやや没入感を妨げてしまっていました。

良い悪いではなく少し気になったのは、地の文での賢二の妻・ひとみの呼び方が終始「妻」だった点。
賢二視点での物語なので、そこは名前の「ひとみ」表記になるのが自然な気がして、ずっと気になってしまいました。
名前が連続で出てくると「誰だっけ?」になることもあるので、わかりやすいと言えばわかりやすいですけどね。
何かの叙述トリックか?とまで深読みしましたが、ただそういう表記方法なだけでした。


いずれにせよ、これがデビュー作と考えると素晴らしい1作。
視点によって人物像ががらっと変わるミスリードも見事です。
ここもやや強引ではありましたが、バッドエンドなところも好き。

映画化もされるようですが、地味に見えてけっこう古典的なJホラーらしいジメジメとした雰囲気を持った作品なので、映像化には向いているのではないかと感じました。

後半は、登場人物それぞれの心理を中心に、物語を整理しつつ考察してみます。

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考察:主要登場人物それぞれの心理(ネタバレあり)

清沢賢二

見た目はイケメン、頭脳は子ども、弱点は閉所な主人公・清沢賢二。

実家からは逃げ、近所に住む職場の女性と不倫している、なかなかに逃避癖のある自己中心的な人物です。
妻のひとみと喧嘩して家を飛び出し、そのままの足で不倫相手の友梨恵の家に転がり込むところなんかは、相当なクズさです。
友梨恵に写真を送りつけたと思い込んで甘利の胸倉を掴んでしまうような衝動性も、DV傾向がありそうでちょっと心配。
子育てに関わっている様子もほとんど見られません。
本作での出来事は自業自得だよね、とまでは言えませんが、あまり同情の余地がない主人公でもありました。

とはいえ彼は、幼少期は過酷な環境下にあったようで、暴力的な父親からの虐待を受け続けていました。
母と兄が守ってくれていましたが、包丁を持って襲いかかってきた父親を、ついには返り討ちにして刺し殺してしまいます。
守ろうとしてくれた兄が気絶している間に、賢二と母親の2人で父親の遺体をバラバラにして、庭や押し入れの下に隠しました。

という展開ですが、え?お母さん?そこ隠蔽しちゃうの?と突っ込まずにもいられません。
過剰かもしれませんが、どう考えても正当防衛なわけで、そこはしっかり通報した上で守ってあげるべきだったはず。
「殺してしまい隠蔽した」という事実を秘密として背負ったまま生きていかせる方が、よほど酷でしょう。

賢二はその記憶がすっかり抜け落ちていましたが、これはあえて現実的な観点で見ると、心理学的・精神医学的にはほぼあり得ません
あまりに辛い体験の記憶が抜け落ちてしまうのは「解離性健忘」と呼ばれ、心を守るメカニズムとして実際にありますが、これだけ綺麗にその部分だけを都合良く忘れている、他には何も影響がない、というのは現実的には無理があります。

ただ、この出来事が発端だったのか、それ以前からそういう傾向があったのかはわかりませんが、嫌なことからは目を背けて逃避する傾向がある、というのは賢二の一貫した人物像でした。

そもそも、学校で飼っているうさぎを殺害していたのも賢二でした。
共感性に乏しいのは間違いありませんが、生来的なものなのか、虐待による鬱憤の矛先が弱者に向いたのかは定かではありません。

『スイート・マイホーム』で描かれる出来事の多くは賢二視点であるため、その点は注意して捉える必要があるかもしれません
つまり、賢二が知っている範囲の情報でしかない上に、賢二には自己中心的に都合良く解釈する傾向が見られるため、明かされた真相がどこまで正しいものなのかはわかりません。

もしかすると父親殺害も、最終的に明らかになった記憶でさえ「自分に都合の良いように歪められた記憶」であり、実際には正当防衛レベルではなかった可能性すら考えられます。

清沢ひとみ

賢二の妻・ひとみは、ただひたすらかわいそうでしかない登場人物です。

夫には裏切られ。
1人で怖い思いをして。

賢二の不倫については、以前から知っていたのではないかな、少なくとも疑念は抱いていたのではないかな、と考えています。
セックスレスだったことや、ユキの目を見て「私の醜い部分や汚れた部分を見透かされているような気分になる時があるの」という台詞は、それを示唆します。
知ったり疑ったり恨んでいたけれど、何事もないかのように良き妻を演じていたのだとすると、その判断が正しかったのかどうかは難しいところです。

ただ、最後に我が子を手にかけてしまった点は飛躍しておりよくわからず、後味の悪いバッドエンドのための演出といった印象の方が強く感じました。
解釈としては、恐怖心(プラス事件や不倫のショック?)によって精神に異常を来し、恐怖を映し出す媒体であったユキの瞳が恐怖の象徴となり、それを潰した、ということでしょうか。
あるいは、「自分の醜い部分」を直視できなくなったのかもしれません。

自分の目ではなく、あれだけ命を懸けて守ろうとしていたユキの目を潰したという点が、狂気を感じさせます。
作品冒頭の「彼女が狂っていく」の「彼女」はひとみのことであると考えられます。
穿って見れば、「ひとみ」という名前も何だか皮肉ですね。

本田

営業スキル抜群の一級建築士・本田さん。
彼女は、まさかまさかの新型ストーカーでした。

彼女もまた、背景としては過酷なものを抱えていました。

大工だった父親が、本田が8歳のときに心臓発作で急死。
本田は父親が最後に手がけていた家を頻繁に見に行っていましたが、中学2年生頃、その家の主人に招かれ、強姦被害に遭います。
妊娠してしまった彼女は、1人公園のトイレで出産。
え?出産まで誰も気づかなかったの?という点は、勢いで押し流されます。

生まれたばかりの子はすぐに死亡し、その遺体を詰めたスポーツバッグを被害に遭った家に投げ入れ火をつけました(!)。
この際、「家が炎に包まれたように見えたが、それは私の願望だったのかもしれない」と本田は回想していましたが、それはおそらくその通りだった(本田の願望であり、現実は違った)のでしょう。
現実的に考えれば、実際に炎上して大事件になっていれば、警察によって乳児の骨も発見されていたはずです。
それがなかったということは、大事になる前に家主(あるいは住民)が気づき、乳児の遺体から犯人の目処がついた家主は警察に通報しなかったのだろうと考えられます。


そのあたりから本田は狂気に支配され、「理想の家には理想の家族が住まわねばならない」という信念から、「必要ならば、私自身が「家」になればいい。そこに家族を住まわすのだ」というトンデモ理論が生み出されます。

そんな彼女も、とても高い理想にかなう相手を見つけられたようで婚約までしましたが、まさかの相手の浮気が発覚。
なかなかにギャンブルな方法で、事故死に見せかけて殺害します。

余談ですがこの作品に出てくる男性陣、浮気率高めですね。
甘利だけが純愛です(ストーカー気味で、盗撮は犯罪ですが)。

さておき、この事件をきっかけに、本田は「一から理想の家族を作るより、すでにある理想の家族と過ごせばいいんだ!」というさらなるトンデモ理論を提唱します。
これに「自分が家になればいい」というトンデモ理論が化学反応を起こし、自分が建てた理想の家族の家に忍び込む(彼女の主観的には、一緒に暮らす)ようになったのでした。

細かいですが、どちらかというと「自分が家になればいい」という突飛な発想は、婚約者の事件があってから思いついた方が自然なように感じられました。
このあたりは、後付け設定が多いためかちょっとごちゃごちゃしてしまってますね。


せっせと邪魔者を排除までしたのに、結局幸せは手に入らなかった本田。
そもそも無理があるとも言えますが、幸せな家族を追い求めていただけと考えると、切ない側面もあります。
本田が作った家に住む人が立て続けに不倫していたというのは、何か引き寄せるものがあったのでしょうか。

さらに細かい点ですが、甘利も友梨恵も、同様の首に紐を巻きつけて背負う形で絞め殺したようですが、このような形で殺害すると、絞まり方が異なるため、おそらく首吊り自殺に偽装することは不可能です。
少なくとも、現実的には警察の捜査であっさりと露呈してしまうことでしょう。

清沢聡

賢二の兄・聡。
彼もまた、ひとみとトップを争うかわいそうキャラでした。

必死に父親の暴力から家族を守ろうとしていた聡。
家族想いだった彼は、自分が守りきれずに気絶していた間に、弟が父親を殺害していたことをのちに知ってしまいました。

そのストレスが引き金となってか、統合失調症を発症。
統合失調症を患う聡の様子や、それを支える家族の苦悩は、かなりリアルに描かれていました。

ただ、ここもあえて現実的な観点で考えておくと、彼の妄想に出てくる「警察」から彼が守っていたものは、弟が父親を殺害したという事実ではないはずです。

統合失調症は、いまだ不明な部分が多い精神疾患ですが、遺伝的な要因に、強いストレスなどの環境要因が組み合わさることで発症確率が高まるとされています。
そのため、賢二が父親を殺害したことが発症の引き金になったと考えるのは、不自然ではありません。

しかし、統合失調症による妄想は、現実の状況や記憶の延長にあるものではなく、支離滅裂なものです。
よくあるパターンに「FBIが頭に発信機を埋め込んでいる」「近所に住む全員が自分を監視している」といったようなものがあり、「警察が自分を監視している」という聡の妄想も、統合失調症の妄想としてリアルさがあります。

ただその妄想に、現実の出来事は関係ありません
賢二を、そして家族を守るために「警察が監視している」という妄想が現れたと解釈するのは、現実的には感傷的に過ぎるものでしかありません。

そう考えると、賢二を押し入れに閉じ込めていた行動はやや不可解に映ります。
妄想下の行動であれば父親殺害とは関係がないはずであり、平常時の行動であれば、わざわざ賢二に父親殺害を思い出させたかったのかは疑問が生じるためです。

とはいえ、家族を守りたいという聡の想いは本物でした。
ユキを守って死んだときに浮かべていた穏やかな死に顔は、かつては守れなかった家族を、今度は守れたという想いによるものでしょう。

「家族」が大きなテーマとなっている『スイート・マイホーム』という作品の中、賢二と聡の母親は殺人隠蔽に加担してしまったり、ひとみも最後にはユキを殺害してしまったことを考えると、最後まで家族への愛や信念を貫いていたのは唯一聡だけだったと言えるかもしれません。

追記

映画『スイート・マイホーム』(2023/12/10)

映画版『スイート・マイホーム』の感想をアップしました。

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