作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)
タイトル:迷い家
著者:山吹静吽
出版社:KADOKAWA
発売日:2019年9月21日(単行本:2017年11月9日)
昭和20年。
火の雨降る東京大空襲から生き残った少年・冬野心造は、遅れて母校の集団疎開に合流した。
民話が息づく地・古森塚で、妹の真那子が行方不明となる。
妹と一緒に脱走を図った香苗の証言を基に山に分け入った心造の前に忽然と現れたのは、見渡す限りの蕗の原にたたずむ巨大な屋敷だった──。
第24回日本ホラー小説大賞優秀賞受賞作。
ホラーというよりは、アクションやファンタジー色が強め。
しかしとにかく緻密に作り込まれた世界観に圧倒されました。
ここまで緻密な世界を展開されると、もはや知らない世界へ旅行に行ってきたような感覚で、「濃密で充実した楽しい時間を過ごせました」としか言いようがないほどです。
恒川光太郎『夜市』の読後感にも似た感覚でした。
言うなれば「ぼくのかんがえたさいきょうの迷い家」といった趣でしょうか。
「ぼくのかんがえたさいきょうの〜」は普通、揶揄するようなニュアンスが含まれますが、ここまで独自の空想を突き詰めて、そしてそれを圧倒的な表現力で描写すると、突き抜けた芸術になるんだなというのを痛感させられました。
日本ホラー小説大賞の綾辻行人、宮部みゆき、貴志祐介という豪華選考委員の選評が、この作品を見事に表しています。
綾辻行人「作品に強烈な“圧”がみなぎっている」
貴志祐介「エンタメ=壮大な虚構の極北として感動すら覚えた」
宮部みゆき「作者の物怪に対する愛情と、この分野の先達へのリスペクトが感じられた」
ファンタジーでしかない世界観を、筆力による力業で説得力を持たせている、溢れんばかりのエネルギーの圧。
貴志祐介『新世界より』を彷彿とさせるような、「作り込んだ」というよりももはや「筆者の頭の中では現実に存在しているんだろうな」と思わせる極限の空想世界。
そして、『遠野物語』を筆頭とした民間伝承などを織り込んだ自分の世界に対する愛情。
圧巻です。
しかしとにかく分厚く文章も重厚なので、読むのにかなり時間がかかりました。
特に、霊宝の説明が最高に面白いのですが、古文に慣れていないので読みづらく、しかもこれでもかというほど出てくるので、その都度失速。
その分、それだけ世界観に長く浸ったので、読み終わってしまうと寂しさもありました。
いやでも、「読み終わった……!」という達成感の方が大きいかも。
「まだ出てくるんかい」と思わずツッコミたくなるほど次々と現れる霊宝たち。
霊宝一つ一つを取り上げて物語を作れそうなほどですが、「考えたものはこの作品ですべて書いてやろう」と言わんばかりの本作に対する熱量が伝わってきました。
それぞれ数秒程度とはいえ、ラストバトルでほとんどの霊宝が使用されたのも熱い展開。
迷い家といえば柳田邦夫『遠野物語』が浮かびますが、『遠野物語』が発想の一端を担っているのは間違いないでしょう。
なので、明言されていませんが、舞台は東北であると考えられます。
本作における「山郷にある女。山神の屋敷に迷い込みたり。無欲なる女、何物をも取りざりて帰し故に、山川より赤き椀一つ流れ来たり」といったエピソードは『遠野物語』六三と合致します。
他にも、冒頭から登場した「寒登の婆」、つまり千里眼を持っていた山姥の話も、『遠野物語』に「寒戸の婆」という伝説が記録されています。
こちらは千里眼などは出てきませんが神隠しがテーマとなっており、行方不明になった若い女性が数十年後に山姥のような姿に成り果てて村に現れた、というものです。
「しっぺい太郎」も、作中で本人(本犬?)が自慢していた通り、数々の昔話に登場します。
おそらく、その他も詳しければ色々とモチーフとなっている設定があり、楽しめるのでしょう。
『迷い家』では、戦争や神隠し、口減らしといったテーマも軸となっており、それがストーリー上も重要な要素となっていました。
特に第一章と第二章で、御国のために自らを滅し模範的国民であり続けた心造が、相対的に時代遅れになってしまい、国を、世界を破滅させかねない化け物と化してしまっていた対比は、とても重苦しいものがありました。
「居場所」もテーマとなっていたわけですが、戦争を経て、居場所を失った心造。
最後に人の心を取り戻したのが救いではありますが、悲しい余韻を残す物語でもありました。
迷い家に彷徨っていた異形たちもまた、すべて居場所を失って辿り着いた悲しき存在たちでした。
しかし、決して悲観的な物語ではなく、戦時中の重々しい空気感がリアルに描かれていた序盤からは一転、迷い家に迷い込んでからは、わくわくするようなファンタジー世界。
戦争を知らない身としては、序盤は本当にリアルな戦時中の描写に感じられましたが、迷い家に着いてから、特にしっぺい太郎が喋り出してからは、この重厚な描写力を持ってしても雰囲気ががらっと変わり、ちょっとライトな雰囲気になってしまうところは面白かったです。
それによってただ重苦しいだけの戦争モノではなく、あくまでもエンタメのホラーファンタジーとして絶妙なバランスになっていたように感じます。
本作に登場した迷い家は、ぜひゲームやアニメで見てみたいような世界観でした。
特にゲームは合っているような気がするので、ぜひこの世界を自分で探索してみたいところ。
序盤は『零』というホラーゲームっぽさもありましたが、だんだんバトルものになっていったのも面白い。
最後が完全にラスボスっぽかったところもゲーム的ですし、展開は少年漫画のようでした。
神隠しや口減らし、そして迷い家という概念の新たな解釈としても面白いですし、ホラーな雰囲気を纏ったバトルアクションファンタジーとしても面白い。
どんでん返しではないですが、様々な伏線を回収していく点も見事。
一方で、戦争の影響を考えさせられたり、自分の居場所はどこなのか?という人間の本質的な部分への問いも含まれた、非常に濃厚な作品でした。
著者の山吹静吽による第2作『夜の都』もすでに2022年に発売されているようです。
紹介文を見ると「ヒストリカル・ネオファンタジー × 魔法少女物語」というもはやまったく訳のわからない表現ですが、よりファンタジーに特化していそうな作品なので、こちらもいずれ読んでみたい。
コメント