作品の概要と感想(ネタバレあり)
タイトル:舞璃花の鬼ごっこ
著者:真下みこと
出版社:TOブックス
発売日:2023年3月1日
「さあ、”鬼ごっこ”を始めるよ」
ある日、SNSで大人気の謎の少女・舞璃花が宣言する。
号令のもと集う、引きこもりがちなファン4人組。
疑似家族として彼らは、ある就活生の人生を台無しにするために動き出す。
執拗なまでのストーキング、なりますし、SNSのデマ情報──彼女をどこまでも追い詰めていく。
”鬼ごっこ”の本当の意味とは?舞璃花の正体は──?
著者のデビュー作である『#柚莉愛とかくれんぼ』に続き、読んだのは2作目の作品。
続編だったり繋がりがあるわけではありませんが、タイトルからも内容からも、『#柚莉愛とかくれんぼ』と対になっているような印象を受け、共通項も多く感じられる作品でした。
一応、本質的な部分でのネタバレはしませんが、以下、『#柚莉愛とかくれんぼ』の内容にも少し触れるのでご注意ください。
本作『舞璃花の鬼ごっこ』は、「──悪いことをしたら、裁かれるべきだよね」がキャッチコピーになっている通り、相変わらずの読みやすい文章とは裏腹に重々しい内容でした。
また、著者ご自身が作成した「書店様向け色紙みたいなもの」として、X(Twitter)に以下の画像もアップされています。
お……重い!
この文章からもわかる通り、復讐を軸に据えた物語。
というより、復讐の過程がひたすら描かれていると言っても過言ではありません。
その特徴はやはり、方法が非常に現代的である点でしょう。
ストーキングといったような(やや)古典的な方法もありますが、ネットや情報を駆使して追い詰めていく様は、まさに現代ならではの復讐劇。
やや単純化されてはいつつも現実にでき得る方法ですし、今回は被害者である坂口怜奈が同情しづらいキャラだったのでまだ良かったですが、誰でもデマによって社会的に抹殺され得るというのはあまりにも恐ろしいことです。
「悪いことをしたら裁かれるべき」「許せない人がいるあなたに読んでほしい」と表現されながらも、単純に爽快感のある復讐劇ではまったくないところが何とも言えない気持ちになりました。
特に、(今回の復讐においては)被害者でもある怜奈側の視点でも描かれるところが、爽快感を打ち消してきます。
しかし、本当に殺したいほど憎んでいる相手がいる場合は、怜奈視点すらも爽快感になるのかもしれません。
顔に(おそらく)一生残る傷を負い、ネットにもおそらく一生消えないであろう情報が残る。
まさに社会的な抹殺に他ならず、苦しむ怜奈の姿すら溜飲を下げる要素になることもあるのかもしれません。
本作における復讐で得られるものと失うものを冷静に見ながら鬱々とした気分になっている自分は、平和で幸せな境遇にあるだけなのかも。
内容から逸れましたが、疑似家族が様々な方法で相手を追い詰めていくというのは、この表現では語弊があるかもしれませんがとても面白かったです。
それぞれが事情を抱えていたカゾクたち。
単純に、それぞれが復讐したいほどの相手がおり、その気持ちを舞璃花の「鬼ごっこ」に投影していた部分もあったのは明らかですが、孤独を抱えた者たちが一つの目標に向かって団結するというだけでも、どこか救いになっていた点もあったのでしょう。
ただ、舞璃花の方法はある意味、みんなの孤独や苦しみにつけ込んで犯罪に走らせたカルト的な手法でもありました。
さり気なく望む方向に促すママというサクラもいたわけですしね。
トンネリングと言いますが、トンネルの中のように、あまりに孤独や不安を抱えて視野が狭くなると周りが見えなくなってしまうのです。
「鬼ごっこ」という表現も秀逸でした。
本作では単純にストーキングの置き換えとして、相手を尾けることから派生していましたが、復讐の連鎖という本質的な面でも象徴的です。
復讐の鬼となった舞璃花こと安田瑞樹(および母親の安田凛子)は復讐を果たしましたが、今度は怜奈が鬼になったとも言えます。
再び瑞樹たちに復讐するのか、別の他者に向くのか、あるいは自分に向いて自滅するのか。
鬼ごっこというゲームが存在する限り、誰かが鬼の役割を担わないといけないのです。
しかしそもそも、瑞樹に鬼を押しつけたのは怜奈でした。
暴行や傷害を「いじめ」という軽い表現で覆い隠し、先に瑞樹の人生を壊したのは怜奈だったわけなので、因果応報とも言えます。
それは瑞樹にも同じことが言えるので、つまりは復讐の連鎖ですね。
「ストーキング」を「鬼ごっこ」と言い換えるのも、「いじめ」とメカニズムは同じになってしまっているのです。
「復讐は何も生まない」と口で言うのは簡単ですが、当事者になったら「じゃあ自分だけが我慢しろというのか?」としか思えないでしょう。
私的制裁や復讐については『世界が赫に染まる日に』などの櫛木理宇の作品や犬塚理人『人間狩り』などでも触れているのでここではこれ以上述べませんが、いざ自分のこととなったときに「復讐は何も生まないからなぁ」などと納得できるとはまったく思えません。
かといって復讐や私的制裁を許容できるかというと、また別の問題で。
まぁこの問題の難しさは戦争がなくならない歴史が証明しているので、答えはなく、人類全員がずっと考え続けていくしかないのでしょう。
いじめなども、今後たとえ改善されていったとしても、すでに傷ついた人たちが救われるわけではありません。
本作で一番何とも言えない後味を醸し出しているのは、結局、怜奈がいじめを反省することはなかった点かな、と思いました。
そこが非常にリアルでもあり、虚しくもあります。
瑞樹も、果たしてこれですっきりできるのかどうか。
母親がすべてを背負ってくれたとはいえ、自分のせいで母親が犯罪者になってしまったことには変わりありません。
パパ、アネ、オトウトという他者を巻き込むことにあまり葛藤が見られなかった点も気になります。
結局誰も救われていないように見えてしまう点が、虚無感の根源でしょうか。
本作のミステリィ要素に関しては、『#柚莉愛とかくれんぼ』で見事に騙されたため非常に警戒していたのと、『#柚莉愛とかくれんぼ』とも通じる要素もある仕掛けでもあったので、今回は気がつけました。
本当に怜奈がいじめをしていた相手かな?とか、もう一捻りあるかなと思いましたが、そこまではなく、ミステリィというよりは復讐サスペンス寄りでしょうか。
ただ、復讐の仕上げがママこと凛子のあそこまで直接的な行動になるとは思っていませんでした。
デマではなく事実を述べ、インパクトのある方法でそれを拡散させる。
まさに捨て身ですし、ある意味、瑞樹の発想のさらに上を行くネットやSNSを活用した抹殺方法だったと言えます。
「舞璃花とママ」「瑞樹と凛子」とそれぞれ別人のように行われていた親子間のやり取りも、読み返すと若干強引さはありつつも見事でした。
カゾクでの会話も、よく読むと要所要所でママがしっかりと方向性をリードしています。
『#柚莉愛とかくれんぼ』からひしひしと感じていましたが、とにかく真下みことの描写は繊細さが凄まじい。
日常の切り取り方もそうですが、特に心理面。
抽象的になってしまいますが、単純に描写がうまいというだけではなく、感情の伴った繊細さ、という印象です。
二面性や、視点によって登場人物の印象が変わる巧みさも『#柚莉愛とかくれんぼ』に引き続き抜群。
著者ご自身が数年うつ病を患われていることを、2023年にX(Twitter)で公表されていました。
当然ながら著作やSNSで見える姿以外はまったく存じ上げないので知ったようなことは何一つ言えませんが、この解像度で他者の感情を捉えていたら、それは息苦しくもなるだろうな、とも思ってしまいます。
人が目を背けようとしがちなものを、しっかりと見つめているような印象。
しかしその感性が見事に小説という創作に昇華されているので、これからもどうか頑張ってほしいしぜひ応援したい作家さんの1人です。
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