作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)
タイトル:フシギ
著者:真梨幸子
出版社:KADOKAWA
発売日:2023年11月24日(単行本:2021年1月22日)
作家の私のもとに、死んだはずの担当編集者から不思議なメールが届いた。
意識不明の時に3人の女が“お迎え”に来たというもので、1人目と2人目は亡くなった親族、3人目は誰だか分からないという。
その後、「とんでもない正体が分かった」「3人目の女が、先生のところに現れませんように」という言葉を残して連絡は途切れ──。
『殺人鬼フジコの衝動』を代表作として、湊かなえ、沼田まほかると並んで「イヤミスの三大女王」とも称される真梨幸子。
何だか有名すぎて当然のように著作を読んだことがある気でいたのですが、もしかしたら初めてだったかもしれません。
そんな本作は、「私自身が体験したもの」といったモキュメンタリーホラー調で始まり、展開もイヤミスやミステリィというよりオカルトホラーっぽさが前面に押し出されていました。
死んだはずの編集者の尾上さんからメールが来たあたりでは、かなりゾクっとしてホラーとして面白い。
しかし、早々に生き霊などやや現実離れした方向性で話が進んでいき、「現実かオカルトか判断しかねる」というよりは明らかにオカルトじゃないと説明がつかない出来事が続いたり、“私”の記憶が曖昧になっているようだったりと、よくわからない展開に。
事故物件、死者からのメール、髪の毛、都市伝説、民間信仰などホラー要素の王道を組み込みながらも、微妙にツッコミ感覚などがズレている感が否めない“私”の言動や、いくら毛髪がテーマのエピソードとはいえあからさまなカツラという必要性がよくわからない鈴木文芸部長の設定など、コメディやギャグというほどでもなく、終始漂うシュールさ。
そして終わってみれば、叙述トリックというザ・ミステリィ要素。
それにしても謎が全部明かされるわけでもなく、よくわからないままの部分も多く、ホラーというよりミステリィというより、まさに「不思議」な作品に仕上がっていました。
“私”が男性作家である小谷光太郎で、実は尾上さんを襲って抵抗されて突き落としていたというのは人怖的なイヤミスでありつつ、結局小谷は謎の死を遂げた上、他の関係者にも謎の病が感染しているのはオカルトっぽさ。
消化不良感や混乱度合いも含めて『フシギ』と呼ぶに相応しい作品です。
また、背筋『近畿地方のある場所について』を筆頭に、ちょうど昨今流行りのモキュメンタリーホラーを逆手に取ったようなトリックも面白かったです。
モキュメンタリーホラーとしては形式化されていると言っても過言ではない「これは私自身が体験したもの」という断りから始まり、モキュメンタリーホラー慣れしているほど「“私”=真梨幸子」のイメージに引っかかりやすいのではないかと思います。
「あれのことかな」と思い至る現実の事件も多く扱われています。
たとえば「トライアングル」の「首都圏連続不審死事件の犯人Kが住んでいた池袋のタワーマンション」とは、三角形の間取りなども合わせて木嶋佳苗死刑囚の事件でほぼ間違いないでしょう。
実際、真梨幸子の他作品でもこれらの事件やマンションの間取りなども取り上られているらしく、真梨幸子作品を多く読んでいるほどさらに「“私”=真梨幸子」に引っ張られるのでは、という点も秀逸。
「実は真梨幸子視点によるモキュメンタリーではありませんでした」オチによってモキュメンタリーにしては非現実的な展開への疑問も回収されますし、「詮索しない方が良い、後悔する」という忠告も予想とは違った意味合いで捉えられる(真梨幸子との絡みで詮索しても意味がない)など、色々と面白い試みの作品だったのではないかと思いました。
細かく考察するほどではありませんが作中の出来事を少しだけ整理しておくと、まず大きいポイントとなるのは上述した通り、作中の大部分で描かれている“私”=小谷光太郎という架空の男性作家でした。
モキュメンタリーということは“私”は真梨幸子自身がモデルなのか……?
かなり情緒不安定だったり癇癪起こしたりしているけれど、脚色されているにしてもこんな感じの方なのか……?
と無駄に心配してしまいましたが、杞憂でした。
小谷は編集者の尾上と事故物件に取材見学に行きますが、そこで襲いかかって抵抗され、尾上を窓から突き落としてしまいました。
仕事中に襲いかかるとか、もはやセクハラを超えたただの性犯罪者。
しかもはめ殺しの窓から突き落とすとは、よくこれまで問題化せずに過ごしてこられたな、と思ってしまほどの衝動性でしょう。
尾上は一命を取り留めつつも、かつて母親から犬神の呪いをかけられていたようでもあり、それが原因なのか、あるいはもともとそういったオカルトに親和性のある体質の家系なのか、生き霊となって小谷を呪ったようでした。
一方で、小谷とは親戚関係にあった編集者・黒田佳子によって謎の病的なものが感染していきます。
というのがメインストリームで、各エピソードでは、それらの主要な登場人物を取り巻く人々が次々と不幸に見舞われていきました。
これらも、何がどうというよりは「不思議な縁」のようなもので繋がっていたと考えるべきでしょう。
細かく整合性が取れるものではなく、あくまでも「フシギ」な連鎖や繋がりが本作のテーマです。
色々なエピソードが絡み合って全貌が見えてくるというのはモキュメンタリーホラーなりミステリィなりの定番ではありますが、本作の各エピソードは、関係がないわけでもなく絡み合っているようだけれど明確な法則などがあるわけでもなく、「フシギ」だけで繋がっているような物語群。
それだけに、何とも言えないもやもやとした気持ち悪さが残ります。
曖昧さが怖いホラーというのとも異なり、「いや、結局何だったんだ?」という、良い意味で訳のわからない感覚。
それを「不思議」と言わずして何と表現できるでしょう。
『世にも奇妙な物語』系に近いかもしれませんが、小野不由美『残穢』などのように現実まで侵食されるようなリアルなモキュメンタリーホラーとは異なり、あくまでもフィクション、けれどそれが逆にフシギな縁によって変なことに巻き込まれてしまいそうな不安感を喚起してくるような面白い作品でした。
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