【小説】梅原涼『お前たちの中に鬼がいる』(ネタバレ感想・考察)

【小説】梅原涼『お前たちの中に鬼がいる』(ネタバレ感想・考察)
(C) 主婦の友社
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作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)

タイトル:お前たちの中に鬼がいる
著者:梅原涼
出版社:主婦の友社
発売日:2013年11月14日

高校教師、須永彰は薄暗い地下室で目覚めた。
記憶も曖昧で何もわからない。
そこで彼は、奇妙なメッセージを見つける。
『お前たちの中に鬼がいる……』。
地下には、他に鍵のかかった5つの部屋があり、中には、鎖で繋がれた5人の女性がいた──。

Amazonの電子書籍個人出版プラットフォームであるKDPにおいて2012年に発売されて人気を博し、2013年には主婦の友社から書籍化された1作。
今でこそ、小説投稿サイトから書籍化される作品は多々ありますが、電子書籍の個人出版から人気が出て書籍化というのは、なかなか珍しい気がします。
個人出版前には日本ホラー小説大賞に応募するも、残念ながら落選になってしまったそうです。

そんな背景があるのと、個人出版や書籍化にあたり改訂が重ねられており、完成度はとても高いものでした。
Kindleの個人出版系は、正直完成度がだいぶ怪しいと思ってしまう作品も少なくありませんが、本作はさすがの安定感。
文体はシンプルで読みやすく、展開のテンポも良い上に先が気になり、そもそも好きな設定というのもありますが、500ページ弱というボリュームながら飽きることなく一気読みでした。

登場人物たちは、見事に全員問題児ばかりでしたが、そもそもが問題を抱えた人たちばかりなので仕方ありません。
特に主人公の須永彰の暴力性は救いようがなく、序盤はどうなることかと思いましたが、終盤でその背景が明かされる構成は見事でした。
だからといって暴力性が許容されるわけではありませんが、それらの描写にも意味があり、全体的な伏線の回収も、終わらせ方が難しいこういった作品にしてはとてもしっかりとしており、綺麗にまとまっていた印象です

須永を筆頭に登場人物たちもみな冷静で頭が切れるので、読んでいる側がもどかしくなってしまうような無駄な会話や行動が少ないのも、だれることのなかった重要な要因でしょう。
中盤まではそれほど大きく動きがあるわけではありませんが、とにかく謎だらけの世界観をスムーズに探索していくので、中弛みした印象はあまりありません。

ただ、ゲームでのリセットの謎が明らかになってから、つまりは死んでも生き返らせることが可能ということがわかってからは、緊張感は少し薄れてしまいました。
とはいえ、このあたりからは登場人物たちの背景に物語の軸が移行していくので、きちんとその点も考慮されていたように思います。
前半はソリッド・シチュエーション的な緊張感のある不条理ホラーで、後半は登場人物たちのドラマにシフトしていた印象です

物語が二転三転する要因がだいたい登場人物たちのゲスさに由来していた点はなかなかに悪趣味ですが、最後はハッピーエンドと呼んでも差し支えないぐらいの綺麗なまとまりを見せるので、読後も爽やか。
みんなそれぞれ、課題と向き合わないといけないこれからが大変でしょうけどね。


最低限の伏線も回収され、ストーリーも綺麗に完結していました。
その一方で、

あの世界は結局何だったのか?
鬼とはもっと明確には何を指していたのか?
なぜあのメンバーが選ばれたのか?
なぜ今回は鍵が5本しかなかったのか?
10年に一度起こっていたらしい意味は?

といった、明かされないままの謎も多数ありました。
書籍化にあたり加筆された「1993年(平成5年)」の章も、頭の切れる田村広樹視点での考察に留まり、興味深い深掘りはなされますが上記の謎の解決には至りません。

この点に関しては、少し考察してみようかとも思ったのですが、著者自身がインタビューで述べられていた内容が重要だと思うのでまず引用します。

「実はこの作品は、『レトロゲーム』がモチーフなんです。1970年代から80年代の(テレビ)ゲームって、使えるメモリが限られていた分、ルールやデータを、絞り込んで作られていた。しかしそのおかげで、限られたルールやデータの中で、無限の可能性が生まれるような作り方がされていたと思うんです。その世界を小説で再現してみたかった」

「いくつかの少数のルールがあって、そこから物語が展開する。最近のゲームとは逆で、情報量の不足が、キーワードになっている。例えば、森へ出ると『リセット』が起こる、というルールは、昔のゲームによくあった、キャラクターが画面の端を出ると反対側にまた戻ってくる、あのメモリが限られた感じを出したかったんです

https://japan.cnet.com/article/35042073/3/

以上からわかるように、デスゲームや脱出もの、ソリッド・シチュエーション・スリラーっぽい雰囲気ですが、あくまでもレトロゲームモチーフとして捉える必要があるでしょう
作中でも、ゲームとの類似性についてはたびたび言及されていました。

この点を踏まえると、何か背景となる隠し設定が想定されておりそれを考察するというよりは、「とにかくそういう世界である」と捉えるに留めるのが正解かと思います
ゲーム、特にそれこそレトロなゲームにおいては、なぜ魔王がいるんだ?それにどんな意味があるんだ?モンスターがいるのはなぜ?どうして主人公が勇者に選ばれたのか?といったような点はほとんど説明されません(主人公が勇者の血を引いていたり、世界観の中での設定はもちろんありますが)。
何より、「なぜこの世界が生まれたのか?」といった点を考えることにはまったく意味がなく、「このような世界があるものとして楽しむ」のが基本です。

『お前たちの中に鬼がいる』は、まったくファンタジーな世界というわけではなく、日常の延長で放り込まれた世界なのでついつい色々細かい部分が気になってしまいますが、「とにかくそういう世界に放り込まれた」として、その世界のルールを解き明かしながら脱出を目指し、その中で生じるトラブルや人間模様を楽しむ作品として楽しむべきでしょう

与えられた枠組みやルールを無条件に絶対的なものとして、その中でのベストを尽くす。
それこそがゲームです。
そこを割り切れるかどうかで本作の評価は少し変わるかもしれませんが、個人的には昔からゲームも好きなので、すんなりと入り込めてとても楽しめた作品でした。

他にも、作中の「現代」は2013年でしたが、執筆および個人出版当時は2005年だったようです。
なので、なぜ2013年、2003年、1993年が舞台だったのか?という点も、特に深い背景設定がなされてるわけではないだろうと思います。


それでも、せっかくなので少しだけ自分なりに考察してみます。
それは、
なぜ鍵が5本だったのか?
九津見が脱出できる選択肢はあったのか?

という点について。

鍵が5本だったのは、作中でも言及されいてた通り「ただのバグ」という解釈もあるでしょうが、部屋が5つだったことからも、必然だったのではないかと思います。
また、常に須永視点だったので真相はわかりませんが、過去の記憶を思い出しても、九津見に見えていたゲーム画面は変化していなかったように窺えました。

これらを踏まえると、鍵が5本あったのは必然で、九津見が脱出できる選択肢はもともとなかったのではないかと思います

なぜあのメンバーが選ばれたのか?というのは上述した通り深い設定はないと思うので、考えません。
須永、九津見、そして小坂綾はもともと面識がありましたが、そのように近い関係性の人たちが選ばれた点も、特に意味はないと考えます。

ただ、そこはランダムに選ばれたらたまたまあの6人だったとして、なぜ九津見の分の鍵がなく、部屋は須永と共有だった(あるいは九津見の部屋はなかった)のでしょうか?
単に同じトラウマを抱えていたから、セットにされてしまったのでしょうか(そうだとしたら運がなさすぎますが)。
それでも、やはり記憶を取り戻しても九津見のゲーム画面が変わっていなかった様子からは、九津見の分はもともと用意されていなかったと考えるのが自然です

では、九津見は他のメンバーと何が違ったのかと言えば、当然ながら昏睡状態だった点しかありません。
そもそも、「鬼」はトラウマや罪悪感などに関連するものでしたが、九津見の自殺未遂事件に関しては、描かれていた限りでは九津見側にそれほど罪があるとは思えません。
ヒントとして自分の死体(死んでいませんが)があるというのも、あまりにもあからさますぎます。

あのゲーム世界は、周囲を森に囲まれ、スタート地点は地下でした。
安直に考えれば、森の中奥深くの地下というロケーションは、無意識の世界を連想させます。
トラウマというのはある意味無意識に刻まれた傷であり、それを思い出して向き合うことが求められていたのがあの場所です。

そう考えると、現実世界で昏睡状態にあった、つまり意識がなかった九津見は、もともと無意識世界にいたとも考えられます
なので、あそこから脱出する術もない。
「脱出できれば目覚めたかのかもしれない」と須永は考えていましたが、おそらく逆でしょう。
現実で目覚めない限り、脱出できる選択肢がなかったのです。

あの世界に放り込まれる条件も謎のままですが、野暮ながら少し考えてみると、向き合うべきトラウマや罪悪感があり、現実世界で生きている者がランダムに選ばれるのかもしれません。
身体は生きているので九津見も選ばれた。
けれど意識はもともと無意識世界にあったので脱出の選択肢がなかった。
ただそうなると須永の部屋が2部屋分のスペースが使われていた点が謎となりますが、そのあたりもあまり深く考えても意味はないでしょう。

もしかすると九津見は須永を救うために、脱出はできないけれどあのゲームに参加したのかもしれない。
と考えるのは、少々感傷的に過ぎるでしょうか。

いずれにしても、九津見はもともと無意識の世界の住人になってしまっていたので、九津見の部屋はなく、鍵も5本だった。
須永か九津見のどちらかが脱出できたのではなく、もともと九津見に脱出できる選択肢はなかった。
と、考えました。

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