作品の概要と感想(ネタバレあり)
タイトル:ゆうずどの結末
著者:滝川さり
出版社:KADOKAWA
発売日:2024年2月22日
大学に入学して3か月、菊池斗真はサークルの同級生・宮原の投身自殺を目撃してしまう。
死因に不審な点もなく遺書もあったことから、彼女の死は自殺と断定された。
宮原の死から数日後、菊池は同じサークルに所属する先輩の日下部から、表紙にいくつかの赤黒い染みがある本を手渡される。
それは、宮原が死の瞬間に持っていた小説らしい。
「ゆうずど」というタイトルの小説は角川ホラー文庫から刊行されている普通のホラー小説で、特に宮原の死と結びつけるような内容は描かれていなかった。
しかし、本を読んだ日下部はその翌週に自殺をしてしまう。
そして日下部の死後、なぜか菊池の手元には「ゆうずど」の本が現れていた。
何度捨てても戻ってくる本。そして勝手に進んでいく本に挟まれた黒い栞。自分にしか見えない紙の化け物。
菊池は何とか自らに迫る死の呪いを回避するために、ある手段を講じるが──。
『お孵り』、『おどろしの森』に続く、滝川さりの角川ホラー文庫作品3作目。
これで現時点で角川ホラー文庫から出版されている3作品はコンプリート。
やはり好きな作家さんなので、『ゆうずどの結末』を読み終わった限りだとご無事かどうかが危ぶまれますが、新作が出ることを願ってやみません。
角川ホラー文庫以外では、現時点では幻冬舎から『めぐみの家には、小人がいる』という作品が出版されているので、こちらもいずれ読んでみたいところ。
さて本作は、『リング』のようないわゆる拡散系ホラー。
しかし取り上げている題材が「本」と、まさに本好きにはたまらない1作となっています。
『お孵り』『おどろしの森』は、じっとりしたホラーからエンタメ度が加速していく印象でした。
本作にもそのような傾向は見られつつも、前2作に比べてだいぶ一貫して抑えたトーンであったように感じます。
派手なグロ・ゴアも控えめ。
それはひとえに、モキュメンタリーに近い要素も取り入れている現実侵食系であることによるでしょう。
しっかりと流行も取り入れながら独自の作品を組み上げていく巧みさは、やはりまだ数作しか出していないとは思えない実力を見せつけてくれました。
個人的に、滝川作品の魅力はどちらかというとライトめなエンタメ性にあると感じています。
深く考察したくなるような奥深さがあるわけではありませんが、背景がしっかりと緻密に設定されている世界観。
そしてとにかく、色々なジャンルの要素を取り入れながら、徐々に盛り上げていき先が気になって止まらなくなるエンタメ感。
どの作品も「怖さ」と「面白さ」のバランスが程よく、間口の広いホラー作品に仕上がっているように思います。
本作も、前2作よりは最後までリアル志向でありながらも、ゆうずどなる怪異が序盤からがっつりと登場します。
そうなると現実感が薄まってしまうものですが、そのあたりは現実に存在する地名や固有名詞などをうまく散りばめることでリアリティを高めていました。
『リング』や日本ホラー小説大賞、東野圭吾、ジャンプといったような固有名詞はもちろんですが、何より決め手はやはり「角川ホラー文庫」。
これが作中に出てくるのは熱い。
動画配信やSNS、掲示板といったネットの要素もうまく取り込んでおり、個人的には好きなポイント。
「山に連れて行かれる」というのは色々ありそうですが、最近のネタを拾っていそうな感じからすると背筋『近畿地方のある場所について』?
「目を逸らすと眼球が破裂する」というのは乙一の『シライサン』?
などなど、ホラー好きの心をくすぐる小ネタも巧みでした。
ネットネタの描写もそうですが、相変わらず日常の解像度や会話やキャラクタのリアリティが高く感じられる点も魅力の一つ。
特に「第三章 藤野翔太」の執拗ないじめ描写は、読んでいて辛くなってくるほどでした。
胸糞度高めな章でしたが、本作通して一番胸糞キャラは、いじめっ子の蓑原よりも、翔太の死を利用した陽人よりも、担任の笹岡先生でしょう。
いるいるこういう先生……というリアルさが、やるせなさに拍車をかけます。
連作短編集のようにも読めますが、そのような構成により、各章それぞれ異なる演出がなされていたのも飽きないポイントでした。
それぞれ短編的に見ても色々なミステリィ要素を織り交ぜて完結しているので、完成度が高い。
ざっくり追っていくと、「第一章 菊池斗真」はザ・導入な感じで、呪いの情報を集めて整理したりなど、ゆうずどの基本的な生態(?)がわかりやすい。
ここで検索したことで「usedでゆうずど?」とわかってしまうのは少しもったいない気も。
しかしまぁ、あの感じだと斗真も自殺扱いになってしまいそうなので、とにかく斗真のお母さんがかわいそうでなりません。
ライトに読めるのに容赦のなさやグロさがあるところも、滝川さり作品の魅力でもあります。
「第二章 牧野伊織」は叙述トリックの巧みさが光っていました。
ただ、ここは章タイトルの名前を見た瞬間に「男女どちらだろう」と思ったので、少し予想できてしまった部分もありました。
他にも冒頭の時点で、包丁の刃が「ブラジャーと乳房を通過した」というやや不必要に丁寧な描写や、「ゆうずどってこんな物理で襲ってくるのか……?」という違和感を抱いてしまったので、伏線が少し丁寧すぎた気もします。
とはいえ、まさか伊織くん36歳だったとは気がつけず。
両親の対応などの細かい違和感も、それによって解消されるのは見事でした。
「第三章 藤野翔太」は上述した通りひたすら痛々しく、最後には友情すら裏切られる……とまではいかないかもしれませんが、利用されてしまう切ないお話。
翔太のお姉さんの泣き声が切ない。
条件を満たすと本を渡してくれる図書館のおばあさん、まるでRPGのキャラクタのようで好きでした。
「第四章 青井克生」は、ラストに向かって加速度が高まります。
著者お得意と言って良いであろう、地方の寒村を舞台とした禍々しい儀式。
赤ちゃんがゆうずどそのもの、あるいは通り道になるだろうというのは早々に予想できましたが、まさか里美が幻だったとは。
なかかに執念深い怪異です。
ただ、ここまで来ると、ちょっとゆうずどのチート感は否めません。
ゆうずどは、同時多発的に多数の人を襲えるわけではなく、読んだ順番に1人ずつ襲っているようでした。
となると、ずっと里美のフリをしていた間は他の誰かを襲うことはなかったのか、あるいは里美はゆうずどそのものではなく能力の一つだったのか。
いずれにせよ、ここまでされてしまうとお手上げですね。
あと克生のお父さん、さすがにちょっと不器用にも程がありませんでしたかね。
「呪われてるなんて我が子に言えるわけない」とはいえ、「一人で生きて、一人で死ね」と言い続けるのも同じぐらいやばいような。
克生の記憶が捻じ曲がっている可能性もありますが、ちゃんと説明した方が親子関係も良かったのでは。
とはいえ、怪奇現象に遭っていない段階で「実は父さん呪われててお前も影響受けてるから、一生結婚しないようにな」と言われても納得できるわけではないですし、難しいところ。
最終章は幸い自分の名前ではありませんでしたが、『ゆうずどの結末』の設定が明かされる面白いラスト。
現実侵食系はもはや数多くありますが、また一つ新しい形が生まれました。
自分は紙の本が好きながら電子書籍も多用しているのですが、『ゆうずどの結末』は紙の本で読みました。
たまたまでしたが、これが功を奏したというか、本作は紙の本で読むのがベストでしょう。
実際に黒い栞が入っているのも贅沢ですし、章の間に印刷された黒い栞の質感はだいぶリアルで一瞬ドキッとするほどの出来です。
さらに、「第三章 藤野翔太」の中では翔太自身がゆうずどを読んでしまう場面があり、ここもまるでページを開いて押しつけられたかのように1ページ丸々オリジナルの文章となっていますが、左上の章の表記もこのページだけ「第四章 金城 桜」となっており、細かいデザインがすべて紙書籍でこそ活きてくるものでした。
新品で買うと呪われない、借りたり中古で買うと呪われる、という出版業界の悩みが反映されたような設定もちょっとシニカルで好きです。
少し野暮な話をすると、電子書籍がどのような扱いになるのかが気になります。
というのも、現在ほとんどの電子書籍が、購入するのは「所有権」ではなく「閲覧権」であるからです。
つまり、規約上は、急にサービスが終了して読めなくなっても文句は言えないというのが現状。
そこまでいかなくても、アカウント停止などですべて失う可能性もあるので、ご存知ない方は念のため知っておいた方が良いでしょう。
ちょっと逸れましたが、所有権ではなく閲覧権で読んでいる電子書籍は、新品で買った扱いになるのか、借りている扱いになるのか。
紙の本の初動売上が重版に影響しやすいとも聞くので、呪われたくなかったら紙の本で新品を買うのが確実なのかもしれません。
最後にさらにさらに野暮な話なのですが、本作、実はサイン本を購入していました。
しかし、何ということでしょう。
著者がまるで行方不明になってしまったことを仄めかすようなラストに、それをさらに助長させるような「〈編集部註〉」までつけて締められているのに、それらの余韻がサインによって打ち砕かれてしまいました。
著者による校正が未了なのに、サインはしてくれたのか……と。
こんなにもサイン本がネガティブに作用してしまう作品があるでしょうか。
いや、もしかしたらサインが偽物なのかもしれません(それはそれで悲しい)。
というのはもちろん冗談として、好きな作品だったのでしっかりと大切にしたいと思います。
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