【映画】ザ・シェフ 悪魔のレシピ(ネタバレ感想・心理学的考察)

映画『ザ・シェフ 悪魔のレシピ』のポスター
(C)2015 WHITE LANTERN FILM (K-SHOP) LTD. ALL RIGHTS RESERVED.
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作品の概要と感想(ネタバレあり)

映画『ザ・シェフ 悪魔のレシピ』のシーン
(C)2015 WHITE LANTERN FILM (K-SHOP) LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

若者たちが荒れ狂う、治安の悪いロンドン郊外の一角。
客とのトラブルで、ケバブ屋を営む父親を失った主人公のサラール。
とある事故をきっかけに、馬鹿な若者たちに復讐する人肉ケバブ屋へと変貌していく──。

原題は『K-SHOP』
イギリスの作品です。

「人肉ケバブを召し上がれ!!」
「哀しみに暮れながらも怒りが燃え上がり、包丁を片手に狂気倍増!」
「若者らをひとり、またひとりと殺しては、遺体をミンチにして、ケバブにしていく!」

これは、Prime Videoにおける作品紹介の一部です。
そして、レイティングはR18+
こんなのもう、どう考えても「バッタバッタとお馬鹿な若者たちを殺害しては人肉ケバブの餌食にしていく、狂えるケバブ屋のリベンジスラッシャー物語!」だと思うじゃないですか。

とんでもなく真面目な、社会派鬱々映画でした。

ティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演で映画化されたことでも有名なミュージカル『スウィーニー・トッド』にインスパイアされたという本作。
『スウィーニー・トッド』とは異なり、殺しも、人肉ミートパイならぬ人肉ケバブも、すべて主人公のサラールが一人でこなしていきます。

R18+らしいグロシーンは、主に前半のみ。
それもそこまで強烈なものではなく、殺害や解体のシーンを必要以上にぼやかさない、といった程度です。
人肉ケバブを通して、ケバブがどのように作れるかも学べます(過言かも)。
ケバブといえば、吊るした大きな肉の塊を削ぎ切るイメージでしたが、それは「ドネルケバブ」と呼ばれるもので、他にも本作に出てくるようなミンチ肉を使うものなどもあるようでした。
吊るした人間の肉を削ぎ落としていくシーンを期待してましたが、ちょっと違いましたね

後半はスプラッタ要素は鳴りを潜め、主人公・サラールの心理的な葛藤や苦しみが描かれていきます。

夜のシーンが多く、映像もフィルタがかかっていて、画面は常に暗い印象。
それがさらに、鬱々とした雰囲気に拍車をかけています。

「人肉ケバブひゃっはー!」を期待すると肩透かしですが、人間の暗い部分、救いのない鬱々とした雰囲気が好きな人にはお勧めです。

原題は『K-SHOP』ですが、「K」は何なんだろう?
最初は「カニバリズム」かと思いましたが、cannibalismなので「C」。
単純に、「ケバブ(kebap)」の「K」で「ケバブ屋」ですかね。

肉がミンチにされる映像が出てくるのですが、人肉だと思うだけでグロさが増します
けれど、ミンチにされた状態であれば、牛や豚の肉でも見た目は何も変わりません。
人の肉と思うだけで嫌悪感が強まる、というだけで、すでに価値観は歪んでいるのでしょう。

とりあえず、何が怖いって、治安の悪い街が一番怖い


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考察:主人公のバックグラウンドと、連続殺人犯としての類型(ネタバレあり)

映画『ザ・シェフ 悪魔のレシピ』のシーン
(C)2015 WHITE LANTERN FILM (K-SHOP) LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

サラールの過去と移民の孤独感

サラールの過去について、細かくは描かれませんが、会話の端々からある程度推察できます。

しばらく地下に監禁していたスティーブに、似た境遇であるために徐々に心を許してか、以下の過去を語ります。

  • 10歳の頃、ほぼ穴倉で暮らしていた
  • 故郷が毒ガスで攻撃されて、5,000人が犠牲になった
  • 山を歩いて逃げた

これは現実の話で、サラールは「国を持たない過去最大の民族」とも言われるクルド人と思われます。
1988年に、イラクに住んでいたクルド人5,000人が、当時のサダム・フセイン政権に化学兵器(毒ガス)で攻撃を受けたようです。

逃げることのできたサラール父子はイギリスに移り住み、父親は本作舞台のロンドン郊外でケバブ屋を営むように。
冒頭の描写からすると、サラールは遠くの大学に通っていて、父親とは別に暮らしていたようです。
父親が病気になったので、卒論を書きながら父親のもとに戻り、ケバブ屋の売り上げがほとんどないことに気がつきます。

おそらく、移民であるサラール父子には、舞台となるロンドン郊外には知り合いもいないのでしょう。
父親は必死に働き息子の大学資金を稼ぎ、息子は良い生活を目指して真面目に勉強だけに打ち込んだ。
インテリで真面目なサラールと、刹那的に馬鹿騒ぎする若者という対比は、冒頭のバスのシーンからすでに描かれています。

移民に対する差別もあり、その上で唯一の肉親である父親を失った喪失感と孤独感
移民の感覚などは日本人にはわかりづらいですが、それらが重なったことが、サラールの暴走の下地になっていたのだと思われます。

情緒不安定、直情型、衝動的

サラール、全体的にだいぶ情緒不安定です。
上述した不幸な背景を考えれば仕方ない側面もありますが、それにしても。

まず、勉強ばかりしてきた真面目なインテリっぽいですが、あまりにも煽り耐性が低い
積年の恨みがあったにせよ、ちょっとした酔っ払いの挑発にもブチ切れ、自ら事態を悪化させます。
最初にスティーブを監禁した際に、自分で喋りながら興奮していって、「パーティしようぜ!」なんて叫んでいたときのはっちゃけ方は、普段どれだけ溜め込んでいるのかと思わされるほどの爆発具合。
「お前の根本的な問題は、快楽を知らないことだ」という、やり手の悪徳起業家・ブラウンによる指摘は、さすが人を見る目はありますねという感じで、的を射ています。

さらに、犯行に関してもめちゃくちゃ衝動的です。
イラッと来たら追いかけて、とりあえず周囲だけ見回して襲いかかり、拉致。
駐車場でブラウンを襲撃した際などは、アヒルの着ぐるみを来てブラウンをスマホで撮影しながら、クラブのポスターを燃やして挑発。
ボディガード的なのが来るのも予想できただろうに、危うくやられそうになりながら逃げ帰り、帰ってからは「ちくしょう!」みたいな感じで悔しそうに壁を叩きます。

いや、何がしたかったんだ

不幸な過去があり、目先の生活があったり、PCを壊されたなどの不遇な環境は同情しますが、結局、卒論が出せなくてジリ貧になったり、サラの誘いを断る、あんなやばいことしてるのに勢いに押されてマリクをバイトとして雇うなど、感情的に反応しがちで、あまり計画性も窺えません。

何より、人肉ケバブのきっかけとなった、フライヤーで顔面フライ事件
怒りに任せてやってしまったあとに動揺するのはわかりますが、完全にパニックになりながらもなぜか地下に連れていき、「大丈夫だ大丈夫だ!」と水にぶっ込みます。
あそこは普通なら、救急車を呼ぶべきところ。
まず地下に連れていった時点で隠蔽の方向性に心理が働いており、轢き逃げ犯と同じような、サラール自身の問題も根底にはあったのではないかと思われます。

連続殺人犯としての類型

サラールの犯行は、長期にわたって複数の殺人を繰り返しているので、連続殺人になります。
では、犯罪心理学的にどのようなパターンが見られるでしょうか。

連続殺人犯の分類の仕方は色々ありますが、ここではひとつメジャーなものとして、動機によって分類したホームズとデバーガー(Homes & Deburger, 1985)による4類型を見ていきたいと思います。
4類型の概要は、以下の通り。

  1. 幻覚型(visionary):妄想性の精神疾患に罹患しており、幻覚妄想に基づいて殺人を行う
  2. 使命型(mission):偏った信念によって、特定のカテゴリーに属する者を殺害する
  3. 快楽型(hedonistic):拷問したり殺害することで、サディスティックな快楽や性的快楽を得る
  4. パワーコントロール型(power/control):他人の生死を自分がコントロールできるという、力と支配の感覚を得るために殺人を行う

この類型でいえば、サラールは「2.使命型(mission)」に一番当てはまります。
父親を死に追いやった、「他人に迷惑をかける、快楽に溺れた愚かな若者」が殺害の対象。
その原動力は、復讐心と、おそらくもともと刹那的な快楽を求める若者を見下す態度もあったでしょう。

このタイプは、特定の対象の殺害が「世の中のためになる」と思っているので、自分の行い(殺人)が「悪いこと」と思っていないのが特徴です。
「命を大事にしていない者を更生させる」という『SAW』のジグソウも、このタイプに当てはまります。
ただ、ジグソウの場合は、その思想で自らを正当化しているだけで、ベースは「4.パワーコントロール型」かもしれません。

「使命型」の殺人は、基本的に冷静かつ計画的に行われます。
しかし、その観点から見ると、サラールの場合はあまりにも場当たり的であり、「使命感」というよりも「直情的な怒りと復讐心」に基づいていると見た方が自然です。
いつ誰に目撃されても不思議ではない状況で犯行に及んだり、海に遺品や骨を捨てるのも安易であり、「馬鹿な若者を粛清しよう」という確固たる思想までは窺えません。

つまり、サラールの殺人は、単発の殺人で多い「カッとなって殺した」タイプであり、連続殺人になったのは「たまたま見つからなかったから」とも言えます。
7年もこんな場当たり的な犯行が見つからなかったのは、むしろ奇跡

そこは、『ザ・シェフ 悪魔のレシピ』では「愚かな警察」が原因として明確に描かれています。
客が店で暴れたあと、通報から3時間も経ってから様子を見に来ただけの警察官を筆頭に、終盤では、サラールが道端の警察官2人に気がついているのに、その2人は話に夢中でサラールに気がつかない、というお間抜け具合。
警察が機能していないからこそ、治安の悪さや、サラールの暴走といった色々な問題が生じています。

まとめると、サラールの連続殺人は、「直情的な殺人が、たまたまばれずに続けられちゃっただけ」であったと考えられます。

何もできず、何者でもなくなった虚しさ

ラストシーンは、ブラウンにお酒とドラッグを無理矢理キメられ、さらに脇腹を刃物で刺されて、ふらっふらのゾンビ状態になったサラールが街中を徘徊します。
道端に倒れ込み、嘔吐して、クラブ入店を制止されても突っかかっていく様子は、サラールが嫌悪していた愚かな若者そのもの

ここでは、サラールが匿名投稿した動画によってブラウンが逮捕されたニュースの映像が、ゾンビサラールと交互に映し出されます。
しかし、演出からは、これはおそらくサラールの幻覚妄想(願望)と思われます。
解放したスティーブが、また以前と同じようなこと(薬物の売人)をしているシーンもありましたが、こちらは現実でしょうか。
不安定な音楽とともにふらふら歩くサラールの姿と、幻覚と現実が入り乱れるシーンが長々と続く終盤は、「もうやめてあげて……!」と叫びたくなる、あまりにも鬱々とした虚しさです。

父親の意思を継ぐこともできず、
差し伸べられたサラの手をつかむこともできず、
完全な悪にもなりきれず、
ブラウンにも返り討ちにされ、結局街は変わらない喧騒で、ダークヒーローにもなれなかった。

ちなみに、名前と学歴が似ているサラという存在は、「成功したサラール像」としてのアイコンであったと思われます。
それは、ユングの言うところの「影」であり、サラールが生きられなかった側面を象徴しています。

シャンテル(サラールのPCを破壊した女性)に問いかけた、「(お前は)何者だ?」という問いが、自分に跳ね返ってくる
移民という境遇から、さらに移民先でも父親とアイデンティティを失ったサラール。
最後にさらなる動画をアップロードしようとしますが、叶うことなく、汚れ切った街の片隅で、何者でもないまま息絶えます

「復讐は良くないよ」というメッセージでもなく、ただただ、アイデンティティを喪失した一人の男が人生を終えるだけの映画。
ある意味では、とんでもなく怖いラストだと思いました。

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