作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)
休暇で北オーストラリアを訪れたグレース&リー姉妹とグレースの恋人アダム。
川釣り体験ツアーに参加した彼女たちは広大なマングローブの沼地に入り込むが、突然ボートが転覆して3人とも川の中に投げ出されてしまう。
何とかマングローブの木に這いあがったグレースとアダムは、川の中に凶暴なクロコダイルが潜んでいるのを発見する──。
2007年製作、オーストラリアの作品。
原題も『Black Water』。
だいぶ前に、似たようなワニの映画を観たことがありました。
細部は覚えていないのですが、ひたすら沼地で木の上に避難していたのと、夜の闇の中で1人の死体がバリボリ食べられるシーンが印象に残っています。
と、この映画を観始めたときに思ったのですが、
以前観たのもこの映画でした。
というわけで、まさかの再鑑賞だったこの作品。
冒頭やクロコダイル・パークに行くシーンなど、導入部分は完全に記憶にありませんでした。
ただ、沼地でボートがひっくり返ってからは、記憶が蘇ってきました。
それでも改めて観てしまうぐらいには、完成度が高くて好きな作品です。
「実話に基づく映画」というのが売りの本作ですが、2003年12月にあった事件などがモチーフとなっているようです。
海外の記事によれば、20歳前後の若者3人が遊んでいましたが、洪水による増水に気づかず1人が流されてしまい、他の2人も追いかけましたが、最初の1人を見失います。
残りの2人は木の上に避難しましたが、ワニが行方不明の1人を咥えているのを目撃。
2人は翌日救助されました。
この記事だと「クロコダイルがブレット(死亡した若者)を殺した」と書かれてはいますが、直接的な死因がワニに襲われたせいだったのかは不明です。
ただ、この事件以外にも、実際にオーストラリアでワニに襲われて人間が死亡したという事件はいくつか出てきました。
同記事には「この事件は『Rogue(邦題:『マンイーター』)』と『Black Water』という二つの殺人クロコダイル映画に火をつけた」とも書かれています。
ただ、続けて「『ブラック・ウォーター』は実話に基づくと主張しているが、どちらもモンスター映画であり、ホラー向きで、実際の少年たちの経験とは程遠い」といったように釘が刺されてもいました。
実際、あそこまで執拗にワニが襲ってきたり、わざわざボートに乗り込んできたりするかどうかは疑問なので、「ワニに襲われて木の上に逃げた」というシチュエーション以外は、創作的であると捉えるのが無難でしょう。
とはいえ、実話ベースを売りにしていることもあってか、派手な演出はなく、実際にあり得そうな恐怖が強く伝わってくる本作。
無駄な導入部分がなく、早々にワニに襲われて非常事態に陥るところも好感触。
普通、魚の1匹ぐらいは釣れてから襲われそうなものですが、それすらありません。
『ブラック・ウォーター』では、リアルな恐怖感のため、登場するのは本物のクロコダイルだったとのこと。
それもあってか、ワニが登場するシーンは全体で見れば少なめ。
しかし、緩急のつけ方がとても巧みでした。
上述した通り、ワニに襲われるまでの展開はスピーディでしたが、いざワニに襲われてからは、展開はゆっくりじっくりモードになります。
やや冗長なほど「緩」が長めですが、それゆえにワニが襲ってくる「急」のインパクトが際立ちます。
ワニが襲ってくるシーンも予兆がないため、終始気が抜けません。
「姿は見えないけれどどこかにいそう」という不安の煽り方が絶妙です。
過去の色々な記事で、「ホラー映画においては、恐怖の対象がはっきりしているより、何かいるかもしれない、という曖昧な状況の方が怖いことも多い」というのを何回か書きましたが、本作はまさにその心理が応用されているような作りでした。
対象はワニであり明確なのですが、「いるのか、いないのか」という雰囲気作りが抜群。
濁った水質が恨めしいですが、「水面の様子を映すけれど、何も起こらない」というシーンがたびたび執拗なまでに繰り返される中で、たまに急にワニが襲ってくるシーンが挟まれることで、「ただ水面を映しているシーン」が否が応でも観ている側の想像力を刺激してきます。
こういった動物パニックものでは、人間が襲われるシーンこそが恐怖のコアであり、作品の見どころでもあるのですが、『ブラック・ウォーター』では、あえて静のシーンを活かしていた印象です。
もちろん実際に襲われるシーンもインパクトがあるのですが、静かなシーンを軸にすることによって、観ている側が勝手に想像して勝手に怖くなる。
人間の想像力に頼った恐怖演出であり、なかなかホラーの本質的な部分を突いている作品ではないかと感じます。
アダムが食べられるシーンもその最たるもので、そのシーンは主に「音」で演出されていました。
夜の闇の中、雷に照らし出されるワニやアダムの死体よりも、バリボリという音が印象に残り、その音によって勝手に想像が膨らんでいく。
実際に食い散らかしている映像をはっきり映すより、よほど恐怖心を喚起し得る演出です。
この作品を観たのを忘れていたのに、このシーンは特にしっかり覚えていたのは、これらの要因に由来するでしょう。
想像力を刺激されると「幽霊の正体見たり枯れ尾花」モードになり、ちょっとした水音にも敏感になります。
アダムが話していた「兄が怖くて閉じこもっていたが、実際は兄はとっくにいなくなっていた」というエピソードが、まさに本作とオーバーラップしていました。
姿が見えないからこそ、わからない。
わからないからこそ、怖い。
終盤、リーとグレースが水の中を歩いていたときにワニが出現した際、見えている間は「動かないで」「どっか行け」と冷静だったのに、ワニが水中に潜った瞬間に大パニックに陥ったのは、本作の恐怖を象徴するシーンでした。
その分、想像力の乏しい人や、表面的に流し観している人、派手なワニワニパニックを想像していた人などには、物足りない作品だったかもしれません。
本作が地味でワンシチュエーション的な作品であることは間違いないので、動的なエンタテインメント性溢れるワニ映画を求める方は『クロール ―凶暴領域―』あたりがおすすめです。
また、本作は実話ベースであることもあってか、主人公たちにネガティブなイメージがないところが、悲劇性を際立たせていました。
通常、ホラー映画で襲われるのは、愚かだったり口論ばかりしていたり、観客を苛立たせるキャラクタであることが定番ですが、本作の3人はほとんどそのような要素がありません。
「襲われてもしょうがないよね」みたいな言い訳や、「こいつらが痛い目に遭ってすっきりする」といったような要素が皆無。
これらの要素が、いかにホラー映画において人の死の重さを軽くしてエンタテインメント化させているか、本作を観ると痛感します。
その他の演出面では、序盤でクロコダイル・パークに行ったり、「ワニを飼育してどの部分が売れるのか?」という話をしたりするシーンが、演出上とても巧妙。
日常生活でワニの恐怖に怯えることなんてほぼ皆無であり、動物園に行けば当たり前のようにワニは人間の支配下で飼われていて、ワニ皮のバッグなんて高級扱いされている始末。
しかし、いざ自然の中に放り出されてしまえば、人間はあまりにも無力。
特に本作では、水中でも木の上でもほとんど自由に動けず、地面がなければ人間がいかに弱い存在であるかを思い知らされます。
この構図の逆転が見事。
窮地に陥るまでの展開が早い本作ですが、そこまでの短いシーンの間に、「主人公たちには家族がいる」「グレースはアダムの子を妊娠している」「ワニを支配してエンタメ化する人間」といった、後半の恐怖や悲劇に響いてくる要素が無駄なく凝縮されていました。
構成的には、終盤はやや力業な展開でしたかね。
片足を怪我して、右手の小指も折れて、ワニに2回ほど胴体を噛まれたリーでしたが、ほとんど不自由さを感じさせない活躍。
リボルバーとはいえ、撃ったばかりの銃口あたりはだいぶ熱いのではないかと思いますが平然と握っていたり、なかなかの無敵具合を発揮していました。
その他、あまり内容に関する考察ポイントはない本作ですが、気絶していたリーが寝かされていた場所は、ワニの餌の保管場所みたいなところだったのでしょう。
横にあった首と足が食いちぎられた死体は、銃を持っていたことから、ボートを出してくれたスタッフのジムだと思われます。
ワニが1頭だけだったのかは気になるところですが、最後にリーが脱出する際、ボートの背後で水音がしていたのは、他にもワニがいる可能性を想像させます。
ここも想像させるだけで終わるのは、ホラー作品の定番でありつつも、特にこの作品らしさでした。
とはいえ、数頭いるのでは?と考えるのが自然な気もするので、1頭倒して安心していたリーには若干違和感もありました。
グレースの生死も明確には描かれませんが、あれだけの出血量では、残念ながら死んでいると考える方が妥当でしょう。
そう考えると、なかなかに鬱エンドな作品ですね。
現実寄りに作られている作品な分、現実的な死の重さがのしかかってきます。
ボートに載っていたバスケットボール(?)を持った人形がとても気になるところですが、正体はまったく不明。
虫嫌いとしては、唐突な虫のアップはやめてほしかったところ。
主人公たちが愚かではなく、それほど落ち度もなかったことが本作の悲劇性を高めていましたが、あんな貧弱そうなボートに身を任せてしまったことが失敗といえば失敗でしょうか。
リーはジムが銃を携帯するところも見ていましたし。
ワニの危険があるとは知らなくても、何となく海外の悪いイメージとして、ジムが誰も見ていない水上で観光客を撃ち殺して強盗するような極悪人物だった可能性もあり得たかもしれないと考えると、安易に身を任せてしまったのが最大の分岐点だったのかもしれません。
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