作品の概要と感想(ネタバレあり)
刑事のマルドゥーンとグッドマンが駆けつけた現場には、腐乱した死体。
遺された手がかりに書かれていたのは、過去に凄惨な事件があった家と同じ住所だった。
その家を訪れたマルドゥーン刑事に、徐々に恐ろしい体験が降りかかる──。
2020年製作、アメリカの作品。
原題は『The Grudge』。
何だか評価は低めですが、個人的にはとても楽しめました。
というよりこれ、恥ずかしながら何も知らずに観始めたんですけど、『呪怨』の海外版リブート作品だったんですね。
「えっ、呪怨じゃん!」というので、無駄にテンションが上がってしまいました。
しかも製作には、『死霊のはらわた』のサム・ライミという豪華さ。
テレビ版やら劇場版やら海外版が入り乱れる『呪怨』クロニクル。
全部は追えておらず、記憶も混ざっていて曖昧なのですが、『ザ・グラッジ 死霊の棲む屋敷』は、過去の海外版に比べて、とてもうまく海外版としてローカライズされていた印象です。
過去の海外版は『呪怨』の清水崇監督が自らメガホンを取ったこともあり、日本や佐伯親子(伽椰子&俊雄)の呪縛から離れられず、結局は日本が舞台であったり伽椰子さんがはるばる海を渡って大暴れしていた記憶。
一方の本作は、一時的に日本で(旧佐伯家で?)仕事をしていたフィオナ・ランダースが伽椰子の呪いに引っかかり、帰国した自宅で「アメリカ版伽椰子」化し、屋敷に踏み入った者に呪いを振りまいていきます。
『呪怨』や伽椰子の象徴とでも言うべき「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」という声はしっかりフィオナに引き継がれ、俊雄の代わりにフィオナの娘のメリンダが活躍。
かくして、佐伯親子は日本に留まったまま労力を割くこともなく、フランチャイズ方式を確立することに成功しました。
恐怖の演出としては、「何かいそう → 恐る恐る探索 → バーン!」方式が多く、やや単調。
ただ、髪を洗うシーンで指を出てくるところなど、元祖『呪怨』の進化系というか、新しいパターンがあるなどできる限り工夫されているのが感じられたり、時系列が入り乱れながら構成されていることや、想像力を煽るジャパニーズホラー的な演出も多く、原作へのリスペクトが感じられました。
4や9といった、日本だけで不吉とされている数字が多用されているのも好感です。
サム・ライミ製作もあってか、死体や死に様がぼやかすことなくしっかり描かれており、スプラッタ的な要素も盛り込まれています。
それが『呪怨』らしくない、という意見もあるかもしれませんが、それこそ佐伯親子の呪縛から解き放たれ、あくまでもアメリカナイズされた『The Grudge』作品として、ひとつの完成形ではないかと思います。
ちなみに、海外版『呪怨』の原題はすべて『The Grudge』(1〜3)のようで、タイトルから『呪怨』シリーズであることに気がつくべきでしたが、日本でのタイトルである『THE JUON』の認識だったので、海外版原題が『The Grudge』であることは頭の片隅にも残っていませんでした。
ちなみに「grudge」は「怨み」「怨念」の意。
以前、小野不由美の小説『残穢』のレビューで、「日本式の呪いや穢れはどこまで広がるのか?文化の異なる海外でも成り立つのか?」といった疑問を提示したのですが、『ザ・グラッジ 死霊の棲む屋敷』は「海外にも持ち込まれた上でローカライズされる」というひとつの回答も提示してくれた作品です。
別の観点での見どころは、キャスト。
主人公マルドゥーン刑事を演じるのは、ちょうどひとつ前にレビューを書いた映画『ポゼッサー』で遠隔殺人システムを用いた殺人を生業にしているタシャを演じたアンドレア・ライズボロー。
あまり感情を露わにしない『ポゼッサー』とは異なり、『ザ・グラッジ 死霊の棲む屋敷』では様々な表情を見せてくれます。
同一人物に思えないほどの演技力。
もう一人は、メインキャラではありませんが、病に冒された妻のフェイス・マシソンを演じるリン・シェイ。
ホラー好きなら絶叫クイーンとして有名で、みんな大好き、色々出ているベテランですが、近年の代表作が『インシディアス』シリーズの霊能者・エリーズ。
頼れる霊能者役とはまったく異なり、理性の失われた不気味な老婆を演じており、生気の抜けた表情だけで恐ろしく見えるほど。
少ない登場シーンながら、かなりのインパクトを残してくれます。
考察:時系列と、日本における『呪怨』との違い(ネタバレあり)
時系列
基本的にあらすじは書かない方針なのですが、『ザ・グラッジ 死霊の棲む屋敷』は原作よろしく時系列が入り乱れるので、あらすじっぽくなりますが簡単に流れの整理をしておきます。
2004年、フィオナ・ランダースが日本で仕事をしていましたが、勤務先の家で何か不気味なものを感じ、退職して帰国。
このフィオナが出てきた家、外観はちょっと違いますが、旧佐伯家なんですかね。
かわいそうに、帰ろうとしたぎりぎりで伽椰子の呪いに捕まります。
ゴミ袋が蠢く様は、原作リスペクト。
唯一、伽椰子の登場シーンです。
フィオナが帰国後、娘のメリンダをバスルームで殺害し、夫のサムも撲殺。
自身も刃物で自殺します。
伽椰子の「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」は喉をかき切られたからだったはずですが、フィオナも刃物を自らに突き刺しましたが、あれが喉だったんですかね。
その設定が生きているのか、あるいは伽椰子から伝承しているのかははっきりわからず。
この事件によって、ランダース一家が死霊化し、屋敷全体が呪われます(フランチャイズ店舗化)。
ランダース家の事件を、刑事のグッドマンと相棒のウィルソンが捜査。
屋敷に入ったウィルソンが呪いに捕まり、徐々におかしくなっていく。
屋敷に立ち入った警察関係者はさすがにウィルソンだけではないと思いますが、他の人たちがどうなったかは不明。
抜群の嗅覚で「ここ、やばいんじゃない?」と察したグッドマンは、屋敷に入らなかったようです。
捜査上、支障なかったのかな。
不動産業のピーター・スペンサーが、契約書類のためランダース家を訪れます。
ただ、この時間軸があまりよくわかりません。
途中で現れるメリンダの様子やピーターが呪われる流れからは、ランダース家の事件後のはずです。
でもそれだったら、不動産を管理しているピーターが何も知らない、ということもないような。
いずれにせよ、屋敷に立ち入り呪われてしまったピーターは、帰宅して妊娠していた妻のニーナを殺害。
ピーター自身は頭をバスタブに突っ込んで溺死。
自殺ではなさそうなので、フィオナにやられたんですかね。
2005年、ランダース家の屋敷にはマシスン夫妻が住んでいました。
病気の妻マシスンの通院のために越してきたようですが、呪いのせいか、症状悪化。
思い詰めた夫マシスンは、「自殺手伝いますよ」みたいなトンデモ業を営んでFBIに目をつけられているローナ・ムーディを家に呼びます。
この屋敷にとらわれ、ストーカーよろしく屋敷の外からじっと見つめていたウィルソン刑事は、通報されグッドマンが引き取りにきますが、拳銃で自殺未遂。
手元が狂ったのかなぜかほっぺたを貫通して一命は取り留めますが、精神科の閉鎖病棟行き。
妻マシスンに正常な判断能力がないと判断して、ローナは自殺幇助を拒否。
妻マシスンの突然の「peek-a-boo!(いないいないばあ)」は、個人的に一番インパクトあるシーンでした。
懇願する夫マシスンに同情したのか、ローナはなぜか数日屋敷に居残ります。
しかしある日、ローナが買い出しから帰ると妻マシスンが夫マシスンを刺殺しており、自分の指を包丁で調理中。
このシーンもインパクトありましたが、最近、『ダーク・アンド・ウィケッド』という映画で似たようなシーンを観ていたので、残念ながらややインパクト低減。
ローナは一目散に車で逃げ出しますが、死霊にびっくりしてハンドル操作を誤って事故死。
あの死霊、はっきり見えませんでしたが、夫ランダースですかね?
夫マシスンにしては、死霊化やハエがたかるのが早すぎる気がします。
正直、そのあとの警察署資料室のシーンなどでも、夫ランダースと夫マシスンの区別があまりついていませんが、たぶん全部夫ランダースだと思っています。
死霊化しているのはランダース一家と考えるのが自然。
2006年、夫を病気で亡くしたマルドゥーンと息子のバークがお引っ越し。
新天地で着任早々、ローナの腐乱死体を発見したマルドゥーンとグッドマン(映画冒頭シーンに繋がる)。
ランダース家の事件を耳にしたマルドゥーンは独自に調査し、単身ランダース家の屋敷へ。
足を踏み入れて呪われると同時に、夫マシスンの腐乱死体とおかしくなった妻マシスン発見。
夫マシスンの腐敗具合からは相当時間経ってる気がしますが、妻マシスンはずっと指があの状態のまま生きて台所に立っていたのでしょうか。
その後入院して投身自殺していることからは、この時点では本当に生きていたということです。
時系列で追っていくと、細かい矛盾が引っかかっちゃいますね。
呪われたマルドゥーンも徐々に心霊体験。
入院中のウィルソンに面会したり、グッドマンに相談しますが、解決せず。
息子のバークへの危険を感じ、まさかのランダース家の放火を決意。
母は強し。
しかし結局呪いは解けず、バッドエンドへ。
長くなりましたが、以上が時系列での出来事でした。
日本のホラーとの比較
アメリカ版としてローカライズされた『ザ・グラッジ 死霊の棲む屋敷』。
それほど考察の余地がある設定ではないので、『呪怨』を中心とした日本のホラーと比較しての、日米における表現の違いを検討してみたいと思います。
①伽椰子&俊雄とフィオナ&メリンダの比較
『リング』の貞子と並ぶ有名人である佐伯伽椰子は、真っ白い顔で喉から不気味な音を立てながら這い進んでくるのが、基本のスタイルです。
息子の俊雄くんも同じく白塗りフェイスで、しゃがんでいるのが基本姿勢、気が向くと「にゃー!」と鳴きます。
一方のフィオナは、見た目はやや貞子チックで、黒い髪に顔は隠れ気味。
娘のメリンダは、さすがここがアメリカナイズされた感じで、『エクソシスト』のような、悪魔に取り憑かれたような見た目になっています。
メインで誘導するのもメリンダの役目であることが多く、おまけのような存在の俊雄とは違い、かなり役に立ちます。
あと、フィオナやメリンダがバークに化ける、というのもアメリカっぽい表現だと感じました。
被害者をどこかに連れ去り行方不明にさせる佐伯式とは異なり、ランダース式はしっかり殺して死体も残します。
しかも、屋敷に入り込んで呪われた誰かを利用して、他の人を殺害させることまで可能にするなど、本家である佐伯家を上回る能力も見せつけてきます。
ただその分、何がどこまでできるのか、能力の設定が曖昧な印象も受けました。
『呪怨』は伽椰子が夫に殺害されて屋根裏に放置されたため、家に怨霊として棲みつきました。
ランダース家に関しては、なぜここまで屋敷全体が呪われたのか、そのあたりの設定は細かくありません。
そのあたりからも、「怨念」という概念は日本的なものであることが窺えます。
強い怨みつらみがあるからこそ怨霊となり、自らの死の現場となった家全体を呪いで包み込んだ伽椰子。
一方のフィオナやランダース家は、惨劇で悲劇ではありますが、それほど強い怨みが発生するプロセスは描かれていません。
その意味では、「死霊の棲む屋敷」という副題は日本版のみのものですが、伽椰子は「怨霊」、フィオナは「死霊」という表現がしっくりきます。
伽椰子に直接呪われたフィオナが夫と息子を殺害し、家全体が呪われ一家が死霊化したわけですが、伽椰子の呪いなのかフィオナの呪いなのかは曖昧。
やはり、アメリカ支店のために伽椰子が力を分け与えた感じでしょうか。
俊雄ポジションは、むしろ夫のサム・ランダースですかね。
基本的に、びっくり脅かすだけの役目です。
若干ギャグと紙一重の見た目と、個性ある発声や動きから、ジャパニーズホラーのアイコンにまで上り詰めた伽椰子&俊雄に比べて、フィオナ&メリンダはやや個性に欠けており、キャラクターとしてはやはり本家の佐伯親子に軍配が上がります。
②恐怖の表現
この点は、『ザ・グラッジ 死霊の棲む屋敷』ではかなりジャパニーズホラー寄りな表現が見られます。
クローゼットの中に逃げ込んだピーターなんて、もうこの日のために日本のホラーを見て予習していたのではないかと思えるほどです。
上述した通り、洗髪シーンで髪の中から手が出てくる、というのも斬新。
絶対、ポスターに使っちゃわない方が良かったです(しかも、本編を象徴するようなシーンでもないですし)。
とはいえ、実はポスターははっきり見ておらず、頭から指が出てきていることは観終わってから気がつきました。
「白いのはシャンプーかな?」ぐらいに思ってた。
アメリカらしいと思ったのは、何かありそうだったら、絶対何かしらはあることです。
何かあるかも……でも、なかった……というフェイントも多い日本のホラー様式に対して、『ザ・グラッジ 死霊の棲む家』では、フェイントもありつつも、そのような場面でも少なくとも「登場人物の気づいていないところで、影が動いている」などの表現は必ずありました。
しっかりと死体が出てくるところもアメリカ式で、ここはサム・ライミの影響もありそうですが、とにかくリアル。
また、結局どうなったのかわからない『呪怨』の被害者に対して、『ザ・グラッジ 死霊の棲む屋敷』では「何があったのか」「何が起こったのか」を丁寧に説明してくれます。
特に最後には、「見せてあげる」というとんでもなく親切な台詞と共に、事件時の幻影まで使って懇切丁寧にランダース家に起きた惨劇の種明かしをしてくれます。
「曖昧さ」はあまり好まれないのでしょう。
③物理属性と主人公像
②の恐怖の表現ともややかぶりますが、『ザ・グラッジ 死霊の棲む家』の方が、物理属性度合いが高いです。
どういうことかというと、「呪い殺す」というより、「呪って殴り殺す」的な。
この点も「怨念」の感覚の違いでしょうか。
家に入り込んだ人を使って、他の人を殺害させるのも然り。
そして何より、ラストシーン。
バークに化けたメリンダを囮にして引っかけたあとは、フィオナがマルドゥーンの頭をむんずとつかみ、力強く床を引きずっていきます。
その姿は、もはや死霊というより殺人鬼そのもの。
そんな力技は、後ろからそっと優しく抱きかかえて時空の彼方へと連れ去る伽椰子さんでは到底見られないワイルドさ。
また、主人公像も日本とアメリカで大きく異なります。
日本版はだいたい、演技力の低い若い女性が恐怖に顔を引き攣らせたり、きゃーきゃー騒いで逃げ惑い、周囲の助けを得ながら対策を模索していくパターンが多いです。
一方の『ザ・グラッジ 死霊の棲む屋敷』は、病気で夫を亡くし、一人で息子を守りながら育てる「強い母」であるマルドゥーン刑事が主人公。
刑事であることから、拳銃も標準装備。
相手の物理属性が高い分、銃も効くんじゃないかと思わされるほどですが、いずれにせよ、逃げるかお祓いをするしかない日本とは異なり、アメリカの場合は銃という強力な反撃の手段を持ち合わせています。
そのため、しっかりと立ち向かおうとする。
何より終盤、息子を守るために単身屋敷に乗り込み、屋敷を燃やし尽くそうとする勇姿は、刑事という職業を超えた強い母の姿であり、日本のホラーではなかなか見られないアグレッシブさです。
思えば、ゲーム『サイレントヒル』のハリウッド映画化でも、ゲームでは男性主人公(父親)だったのに対して、女性主人公(母親)になっていました。
映画『サイレントヒル』は、ものすごく原作愛を感じる素晴らしい出来でしたが、それでも主人公の性別が変わっていたのは、それだけ欧米における母親と子どもの結びつきを強く感じさせられるものでした。
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