【小説】貴志祐介『黒い家』(ネタバレ感想・心理学的考察)

小説『黒い家』の表紙
(C)KADOKAWA CORPORATION
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作品の概要と感想(ネタバレあり)

作品名:黒い家
著者:貴志祐介
出版社:KADOKAWA
発売日:1998年12月10日(単行本:1997年6月27日)

生命保険会社の社員・若槻慎二は、とある顧客の家に呼ばれ、衝撃的な場面を目撃する。
顧客の不審な態度から独自の調査を始めるが、それが悪夢の始まりだった──。

1997年に刊行された、第4回日本ホラー小説大賞受賞作品。
ホラー小説を語れば必ずその名が挙がるほど、有名な1作です。

本作はまさに「人間の怖さ」を突き詰めている作品
デビュー作『十三番目の人格 ISORA』に次ぐ作品で、デビューしたてとは思えない臨場感ある緊迫描写が、さらにその恐怖を引き立てています。
その後も名作を連発するわけですが、やはりデビュー当時からすでに只者ではない感が強烈なまでに溢れています。
リーダビリティ、惹きつけ引き込む力は尋常じゃない。

エッセイなどによると、『黒い家』は『十三番目の人格 ISORA』で第3回日本ホラー小説大賞長編佳作賞を受賞(当時の題名は『ISORA』)してデビューが決まったとき、編集者から「次回のホラー大賞に再度挑戦しないか」という誘いがあり、執筆に取り組んだようです。
時間がなかったので、著者自身が過去に勤めていた生命保険会社での経験をベースに書かれたのが『黒い家』。
才能を見抜いて再度の挑戦を持ちかけた編集者も、経験だけでなくお得意の生物学や心理学の知識を盛り込んでエンタテインメントに昇華させたのも、そして何よりそれで本当に大賞を受賞したのも、もはや伝説レベル。

何より、今この記事を書いている2022年現在、『黒い家』の刊行から25年も経っているわけですが、ほとんど色褪せないのも凄い。
当然ながら時代背景は古さを感じますが、我孫子武丸の小説『殺戮にいたる病』同様、人間の本質的な部分に焦点を当てているので、普遍的に通用するのでしょう。

この記事を書くために何度目かの再読をしたのですが、展開などわかっていてもついつい止まらなくなってしまいました。
やはり構成が見事で、基本的に行動範囲はそれほど広くないのに、予測不能な展開が次々と何段階にも分けて繰り広げられます
菰田重徳が危険人物かと思いきや実は菰田幸子が黒幕であり、交際相手の黒沢恵を助けに黒い家に乗り込むシーンで恐怖と緊張感がピークに。
さらにはそれで終わらず、まさかの職場での最後の戦い。

貴志祐介のホラー作品は、いずれも異なった方向性で描かれており、そしてどれもが面白いところが凄いところですが、リアルさという意味では本作が一番ではないでしょうか。
大好きな作家の一人であり、著作も多く読んでいますが、ホラー以外も全部ひっくるめると、やっぱり『新世界より』が圧倒的トップです。
それまでのすべての作品が『新世界より』に繋がっていると感じられ、まさに「集大成」といった傑作。
若干、そこで一度すべてを出し切ってしまい、最近はやや迷走気味に見えるのが心配ですが、今後も引き続き期待しています。

後半では、菰田幸子の人物像について、およびいくつかの細々したポイントについて、主に犯罪心理学的な視点から考察します。


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考察:「黒い未亡人型」連続殺人犯といくつかの考察(ネタバレあり)

菰田幸子の人物像

息子の和也を生贄に差し出し、夫の重徳を囮に使った、凶悪おばちゃん・菰田幸子

彼女の人物像は、サイコパスがイメージされているのは明らかです。
櫛木理宇の小説『死刑にいたる病』と同じく、本当にサイコパスかどうかを考えるとついつい慎重になってしまい、毎度同じ議論をしても意味がないので、ここでは置いておきます。
途中で登場する心理学に関する会話もけっこう突っ込みどころは多々ありますが、書かれた時代も考慮してこちらも取り上げません。

女性のサイコパスは男性と比べると非常に少ないとされていますが、いずれにせよ、菰田幸子は幼少期から極端に情緒や共感性に乏しかったのは間違いありません。
動物を殺害し、他者を操り、都合の悪い相手は自分のために消し去ってきました。

連続殺人犯という観点からも、男性と比べて女性による犯行はかなり少ないです。
男性の連続殺人は性的欲求の絡んだ快楽殺人が多いのに対して、女性の連続殺人で性的欲求が関係しているものは、ほとんど見られません。

女性の連続殺人犯の類型の一つは「死の天使型」と呼ばれるもので、これは二宮敦人の小説『殺人鬼狩り』に少し書きましたが、看護師などが患者に薬物を投与するなどしてわざと症状や状態を悪化させ、最終的に死に至らしめるものです。

一方、他の類型の一つが「黒い未亡人型」と呼ばれるもので、菰田幸子にはこれが当てはまります。
これはまさに、経済的な目的で相手を殺害するもので、あくまでも目的は資産の入手です。

ちなみに、「どんだけ昆虫を連想すんねん」というほど昆虫のイメージばかり浮かぶ主人公・若槻ですが、途中で「黒い寡婦(ブラックウィドウ)」という蜘蛛のことを連想していました。
寡婦=未亡人で、「黒い未亡人型」も英語表記は「black widow」。
蜘蛛とこの「黒い未亡人型」の名称の関連は不明ですが、作中でも挙げられていたマルタ・マルクは、まさに「黒い未亡人型」連続殺人犯の典型としてよく挙げられます。

「黒い未亡人型」は歴史によって変遷もあり、古典的には、単純に資産家と結婚して相手を殺害し、その資産を自分のものにするというパターンです。
次いで、生命保険などの保険制度が整備されてきたことに伴い、結婚した相手を殺害してその保険金を受け取るというパターン。
そして近年では、出会い系サイトやSNSを利用して、不特定多数の相手に貢がせてから殺害するというパターンです。
いずれも殺害は事故や自殺に見せかけることがほとんどなので、発覚していないものも多くあるかもしれません。

菰田幸子は、この中では2番目の保険金を目的とした連続殺人を繰り返してきました。
獲物は自らの子どもにまで及び、その冷酷さは尋常ではありません。
さらには、経済的目的とは別に、都合の悪い相手は拷問の果てに殺害し、黒い家の養分とするという鬼畜さ。
現実離れしていながら、けれどぎりぎり「あり得るかもしれない」と思わせるレベルを攻めているのが、さすがです。

ぶつくさ言いながら巨大な包丁片手に動き回るその姿は、もはや山姥
非力な中年女性にこれほどまでの直接的な恐怖を感じる作品は、そうそうないでしょう。

それでありながら、小説界における有名シリアルキラーになれなかったのは、やはり冴えない中年女性という設定ゆえでしょうか。
だからこそリアルさと、ギャップによる恐怖が感じられたわけですが、「『黒い家』最高!怖い!」という感想はよく見かける一方、「幸子たん最高!好き!」という感想はいまだ見かけたことがありません
映画版『黒い家』において盛り返した印象もありますが、あれも「幸子たん最高!」というよりも、「大竹しのぶやばい!」な気がします。
時代もあるかと思いますが、同じ貴志祐介作品における人気は、完全に『悪の経典』のハスミンに持っていかれてしまいました。

その他の細々としたポイント

菰田重徳の人物像

菰田幸子については上述した通りですが、では、利用されていた菰田重徳はどのような人物だったのか。

結論から言えば、彼は危険人物ではなく、環境に恵まれず利用され続けてきたかわいそうな存在です。

作中の描写(作文)からは、やや知的な低さがイメージされているように読み取れます。
また、家庭環境にも恵まれず、母親は重徳を産んですぐに病死、父親も小学1年生時に首吊り自殺。
おそらく愛着や心理的に不安定で、意思決定力が弱く、孤独感や依存的な傾向もあり、それらを菰田幸子に利用されてしまったと推察されます。

その後、一旦菰田幸子から離れられたのは良かったですが、結局環境には恵まれず、また別の悪人にうまく嵌められて利用されてしまい、指を切り落とすことに。
そうなるともう悪循環で、生活を立て直せないまま再び菰田幸子に捕まってしまいました。

菰田重徳は、知的な面の影響もあるかもしれませんが、意思が弱く、ただただ菰田幸子の言いなりになっていただけと考えられます。
不気味に見えた、息子の和也の首吊り死体発見時の様子も、毎日毎日窓口を訪れる姿も、菰田幸子に指示されていただけに過ぎません。
本人の意思や積極的な悪意は、ほとんど介在していなかったはずです。

それで結局腕まで切り落とし、マインド・コントロールされたような状況下にあったとはいえ自分でわざと切り落としているので、保険金もおりないでしょう。
一番かわいそうなのは、菰田和也を筆頭に何の非もないのに虫けらのように殺害された被害者たちですが、これからという視点で考えると、菰田幸子はいなくなったとはいえ、菰田重徳の置かれた状況は相当に悲劇的なものでした。

なぜ若槻に白羽の矢が立ったのか

菰田和也の第一発見者として利用された主人公・若槻慎二。

彼がなぜ選ばれたかというのは、主人公だから、ではなく、本人も推理していた通り、最初の菰田幸子からの電話で兄の自殺について話してしまったからだと推察されます。
お人好しというのもあるかもしれませんが、何より身内で自殺者が出ており、それがどうもトラウマになっている様子であるため、「和也の自殺死体を発見したときに親身になってくれやすいのではないか」という想像が働いたのだと思います。
あるいは、そのようなトラウマによって精神的な不安定さを抱えており、利用しやすいのではないかと考えたのかもしれません。

いずれにせよ、結果論的には、あの最初の電話対応が一番大きな運命の分かれ道でした。

放火の謎

終盤、逃亡していた菰田幸子が若槻の職場に乗り込んできた当日、放火による死亡保険金請求の書類が若槻のもとに届いていました。

最初はあれも菰田幸子の仕業、つまり作業を増やして若槻を遅くまで残業させ、それにより高倉嘉子(結局声と死体だけしか出てこなかったエリート外務員)の「22時まで待っててね」電話に乗せやすくするためだったのではないかと考えたのですが、どうも違ったようです。

ラストシーンに出てきた男も、実は菰田幸子の支配下にあったのではないかとも思ったのですが、さすがに考えすぎっぽい。
あれは完全に別件で、生命保険を巡る悪魔はまだまだたくさんいる……という後味悪さの演出要因だったと考えるのが一番自然でしょうか。
もし何か違う解釈がありましたら、教えてください。

余談ですが、若槻の家知ってるんだから、わざわざ職場に乗り込むよりそっちで待ち伏せした方がまだリスクが少ないのでは……という点は、さすがに心の中で突っ込んでしまいました。
他にも、若槻を中心に行動面ではホラーらしい不合理さもありますが、あとから「あぁこうしておけば良かった!」と後悔するなど、「この選択は仕方なかったんだ」的にしっかりと潰してくところは、さすがミステリィ作品も得意な貴志祐介らしいと感じました。

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