作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)
タイトル:えじきしょんを呼んではいけない
著者:最東対地
出版社:KADOKAWA
発売日:2018年7月24日
えじきしょん──町中だろうと家の中だろうと、扉があれば中から現れ、呼び出した人間を溶かしにやってくる、ガスマスク姿の不気味な存在。
ひたひたと迫ってくる理不尽な恐怖にあなたは耐えられるか──。
硫酸かけかけマンが、どこからでも現れて、どこまでも追いかけてくる……!
大好きです、こういうの。
もう、完全にB級ホラー映画の世界。
B級ホラー映画を愛せる人なら大好きでしょうが、真面目なホラーを求めているとちょっと物足りないかもしれません。
エンタメ性高めの1作で、だいぶ粗さもありつつも、初読みの作家さんでしたが楽しめました。
とにかくまぁ、ネーミングも含めて硫酸かけかけマンのインパクトありきですね。
インタビューでは、自身の作品にインパクトのあるクリーチャーが多く登場していることについて、以下のように述べられていました。
それは意図的にやっている部分です。
https://book.asahi.com/article/12805491
僕にとっていい映画の基準は、「タイトルを聞いてワンシーンがぱっと思い浮かぶかどうか」なんです。
どんなB級映画であっても、忘れられないシーンがあれば名作。
それは小説でも同じですよね。
毎回クリーチャーを登場させるのは、読者の記憶に焼き付くワンシーンを作るため。
『夜葬』といえば、「〈どんぶりさん〉が顔をえぐって白米をつめこむ話」なんだと覚えてもらいたいんです。
クリーチャーの名前をちょっと間抜けな響きにしているのも、ギャップを持たせることで印象を強めるためですね。
なので、「硫酸かけかけマン」はホラーとしてはどうしても間抜けな響きに感じられてしまいますが、インパクト重視、記憶に残ることを意図しての戦略のようです。
ちなみに、このインタビューを見て『夜葬』を読みたくなりました。
本作は、プロットはかなりホラーの王道と感じました。
クリーチャーものかと思って読み始めましたが、孤島の伝承にまつわるものだとわかるにつれて「むしろ怪異じゃん!」と思いましたが、まさかの本当に怪異モノと言った方が適切な展開。
硫酸かけかけマンが本格的な(と言ったら失礼?)怪異だったら三津田信三作品っぽい王道怪異ホラーですし、恐怖が広がっていくという展開も鈴木光司『リング』を筆頭とする定番路線。
映画に目を向ければ、硫酸かけかけマンは『13日の金曜日』のジェイソンばりのスラッシャーですし、伝染していく神出鬼没の怪異に襲われるという点は『イット・フォローズ』なども彷彿とさせます。
海外由来のネーミングの怪異が登場し、人怖要素も含むという意味では、澤村伊智『ぼぎわんが、来る』との共通項も感じられました。
しかしそれなのに、硫酸かけかけマンというトンデモインパクトクリーチャーが出てくるだけで、独自の空気感が一気に高まるので見事なものです。
ベースは換骨奪胎でもいくらでも斬新な作品が生み出せる、という良い例でしょう。
スマホという現代的なアイテムが使用されているのも、「身近に感じてもらえるように」意図されているようですが、そこも好きでした。
ただ、一点残念なのは、硫酸かけかけマンと聞いたときに最初に思い浮かべたのが、ゲーム『クロックタワー3』の「硫酸男」なる敵キャラでした。
人間をドラム缶に入れ、硫酸を流し込んで殺すという、当時めちゃくちゃインパクトのあったキャラで、どうしてもその衝撃には敵いませんでした。
ガスマスクなどのビジュアルも似ていますし。
まぁ、『クロックタワー3』は、ゲームとしてはちょっとあれですが……というのは置いておいて。
怪異に取り憑かれ、解決方法を探るというスタンダードな展開でしたが、人怖要素なども絡めながら次々と展開していくのも良かったです。
しかし、登場人物がみんな共感しづらかったというか、まったく応援できなかったのは少しマイナスでした。
愚かな登場人物たちというのもB級ホラーの定番ではありますが、みんなキレすぎじゃないですかね。
誰も彼もがすぐ怒って喧嘩しだすので、全員性格が悪く感じてしまいました。
横森(元)店長が上渕郁を殴りまくっているシーンは、もうポカーンとするしかなく。
主人公の秋乃ですら怒るとすぐに口調が別人のようになっていましたが、どうにも苦手です、そういう人。
真相に関しては、最低限は明かされつつも、だいぶ謎は多く残っています。
あまり細かく整合性が取れる感じでもないので、謎解きというよりは、あくまでもクリーチャーに追われる恐怖と、最後の一捻りを楽しむべき作品でしょう。
とはいえ、序盤のタバコの件が明らかに違和感バリバリだったので、ライターの京本も巻き込まれるんだろうなというのはわかりやすく、一捻りもおまけ程度でしょうか。
細かく考えると色々気になってしまいますが、えじきしょんはフランスの村に由来することはわかりつつ、その起源はまったく明かされません。
音声検索で認識されたというのはちょっと強引さもありますが、スマホの時代だからこそ蘇ったというのは面白いです。
ちなみにですが、それこそスマホで「exécution」の発音を音声で聞いたら、本当にちょっと「えじきしょん」に聞こえて笑ってしまいました。
地元で「餌食尊」に化けるというのも、あるあるっぽくて好きです。
大まかには、離島にかつてフランス人が住んでいたけれど、島民から迫害され、硫酸か何かで殺されたのでしょうか。
「ぴったん」は「putain」で、「ちくしょう」的な幅広いニュアンスで使われるスラングのようですが、殺されたフランス人の恨みつらみを口にしながら襲ってきているという感じだったのかな。
しかし、この点もフランス語で謎が解けるのは面白かったですが、「硫酸かけかけマン」が「ぴったん」と言いながら襲ってくるというのはどうにも可愛く見えてしまい、いまいち緊迫感に欠けてしまっていたのが少しもったいなく感じてしまいました。
トイレの便座に座っていたのは完全にギャグではないでしょうか。
三つのルールは、完全に後付けとしか思えないのであまり触れません。
「そういうものだったんだ」と思っておくのが一番でしょう。
フランス語で「帰ってください」という呪文(?)を唱えて撃退すれば、その人に取り憑く(?)ようです。
硫酸かけかけマンを使役できる存在が、えじきしょん。
つまり、硫酸かけかけマンが現れる条件としては、
- 呼び出しの呪文を唱えると、狙われる
- 呼び出した者が、他の誰かになすりつける
- 撃退し、使役できる存在(えじきしょん)になった者が3つの条件を使って襲わせる
の3パターンがあるようでした。
確かに3のえじきしょんになったらもう無敵というか、完全犯罪しまくれますね。
何かしら犠牲もあるのかもですが。
「Chassez le naturel, il revient au galop.」は「本性は、追い払ってもすぐに戻ってくる」というフランスのことわざでしたが、「三つ子の魂百まで」「本性は隠そうとしてもすぐに化けの皮が剥がれてしまう」といったニュアンスのようです。
上渕郁がこれを「答えだ」と言ったのがよくわかりませんでしたが、結局硫酸かけかけマンを追い出したところで戻ってくるということを指しているのか、根が悪いやつは絶対悪用するから教えるわけにはいかないという意味か、のいずれかでしょうか。
冒頭で溶け死んでいた猫は完全な謎。
民宿のオーナーもロクな人間ではなさそうでしたし、島に闇はありそうですね。
その他、文章や文法で気になってしまった点が多々あったのですが、それも置いておきましょう。
最後に余談ですが、完全に謎だった「えじきしょん」がフランス語由来であるというのが判明するのは、本質ではないにしても中盤の大きな展開の一つだと思います。
なのですが、改めて本作の表紙を見てください。
上部の英語タイトルで、「DO NOT CALL “EXÉCUTION”」と書かれているではありませんか!
秋竹サラダ『祭火小夜の後悔』の感想でも触れていますが、角川ホラー文庫の英語タイトル部分、「日本語タイトルをそのままローマ字表記にしたもの」と「日本語タイトルを英訳したもの」の2パターンがあるようです。
著者が選べるのかどうなのかはわからないのですが、本作、この英訳タイトルだとちょっとネタバレになってしまっているので、「EJIKISHON WO YONDEWA IKENAI」とかローマ字タイトルの方が良かったのでは……?なんて思ってしまったのでした。
でもわざわざフランス語での正解を書いているぐらいなので、気がつかない人(自分も読む前に見てませんでした)が多いであろう中、作者からの挑戦状的な仕掛けのかもしれません。
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